『いなかの神さま仏さま・上』(山と峠の神々)
第1章 山・谷・峠の神と怪物

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▼01-05「水神・水天宮」

【序文】140字

水は日常生活はいうまでもなく、農業、とりわけ稲作にはなくては
ならないもの。神として水神さまをまつります。一口に水神といっ
ても、まつられる場所などでいろいろ区別されているようです。川
にあるのは川の神、、滝にあるのは滝の神、泉の神、井戸神、池の
神などなど。神社としてまつられている水神社、水天宮なども水神
のひとつだそうです。

▼01-05「水神・水天宮」

【本文】
水は日常生活はいうまでもなく、農業、とりわけ稲作にはなくては
ならないもの。いまでも水不足になるとダムの水がアーだコーだと
テレビ、新聞で大騒ぎです。神としてあがめたくなるのも道理とい
うもの。一口に水神といっても、まつられる場所などでいろいろ区
別されます。

川にあるのは川の神、滝にあるのは滝の神、泉の神、井戸神、池の
神など。神社としてまつられている水神社、水天宮なども水神のひ
とつだそうです。水神はまた、水田稲作での水の必要性から、しば
しば田の神と同じ性格と考えられたりもしています。

『古事記』や『日本書紀』に「みずち」との記事が出てきます。こ
れは水神そのものであり、みずちの「ち」は霊力あるものをさした
言葉だそうです。水神の姿はヘビやウナギ、竜だといい、そこから
「みずち」はヘビのような形だと信じられたりもました。

また、カッパも水神の化身と考えられ、めどち、みんつち、みずし
んと呼んだりします。カッパをやまわろという所もあり、秋、山に
入り、春になると川に降りるといい、まさに田の神が秋に山の神に
なり、春、田の神になって里に降りてくる伝承にピッタリです。ま
た、神社としてまつられると水天宮になります。

本来は川のほとりにあった水神なれど、中国の天妃の信仰と結びつ
き、水天宮というようになります。水天宮の祭神は安徳天皇とされ
ています。安徳の安は安産の安、そこで安産の神にもなっています。

全国の水天宮の元じめは福岡県久留米市瀬下町の神社。壇ノ浦の戦
いのあと、高倉平中宮(建礼門院)に仕えていた按察使伊勢局(あ
ぜちいせのつぼね)が逃れてきてここにとまったのが最初だそうで
す。また東京・日本橋の水天宮は1818年(文政元)、三田赤羽の有
馬藩の邸内に遙拝所として勧請、1872(明治5)年にいまの所に移
したものだそうです。

奥秩父、山梨県と埼玉県境の笠取山(1953m)直下にも水神社の奥
社のホコラがあります。ここは東京都の水源林でここに降った一粒
の雨がミズヒサワに流れ込み多摩川河口までエンエン138キロの長
旅をして東京湾に流れ込むという。

いまでも干ばつの時は東京都水道局員が雨乞いに訪れるといいま
す。何年か前の大みそかにホコラを訪れました。静かな石のホコラ
付近は湿った岩肌のコケからしみ出る水滴が足下を濡らします。人
っ子ひとりいない凍てついた崖に落石の音だけが響いていました。

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『角川日本地名大辞典11・埼玉県」小野文雄ほか編(角川書店)
1980年(昭和55)
・『日本書紀(一)』(岩波文庫)校注・坂本太郎(岩波書店)1995
年(平成7)
・『日本大百科全書22』(小学館)1990年(平成2)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『目で見る民俗神2』(豊穣の神と家の神)萩原秀三郎(東京美術)
1988年(昭和63)

 

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