『いなかの神さま仏さま・上』(山と峠の神々)
第1章 山・谷・峠の神と怪物

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▼01-01雨乞い

【序文】(140字)

稲作に欠かせない水。干ばつにでもなれば水争いも起こりかねませ
ん。そこで雨乞いの神だのみ。この雨乞いにもいろいろな方法があ
って、神社の前にお籠もりし、夜も眠らずに鐘をならしたりして、
立ちっぱなしで祈願する型。また、池や水源地から水をもらってき
て、田畑や村の神社や池にまく型。唄や踊りをする型などがありま
す。

▼雨乞い

【本文】
水は人間の生活にとって、いや生物が生きていくためにはなくて
はならないもの。まして農業生産には欠かせない大切なもの。日
照りでも続こうものなら作物は次々に枯れてしまいます。治山治
水が不備だった昔はそれこそ一大事でした。そこで神さま仏さま
に頼ります。かつてはヤギや牛をイケニエに、また人間までを神
に捧げるありさま。古代メキシコのアステカでは雨乞いの日に、
頭につむじが2つある子どもをたくさん集めて殺したそうです。
つむじから渦やたつ巻きを連想したからだそうですが……。

日本でもかつては時々雨乞いがおこなわれました。それにも型が
あったそうです。おこもりをする型や、神水をもらってきて田畑
にまく型。山の頂上で火をたく型。唄や踊りで神さまをなぐさめ
る型。はてはわざわざ、神を怒らせて雨を降らせようとする型ま
であったそうです。

「おこもり」型は、立ち待ちともいい、神社の神前で一日中立っ
たままで、一睡もせずにつり鐘をならし「それ降れ、やれ降れ」
と強要しつづけ、神さまを根負けさせようとするもの。「もらい水」
型は、神聖な池や水源地から水を受けてきて耕地や村の神社や池
にまき、それを呼び水にして雨を降らせようとする作戦。その時、
途中で立ち止まったり、休んだりすると雨はその場所に降ってし
まうとされ、走りどおしで帰ってきたといいます。

「山頂たき火」型は、神がいる天に一番近い山頂で大きく火をた
き、その前で笛を吹き、たいこをたたいて大騒ぎ、雨が降るまで
泊まり込む型。「千駄焚き」ともいうそうです。「唄や踊り」型は、
雷鳴に似たかねやたいこを打ちならして、雨乞い踊りを踊り、神
さまにゴマをすろうというものです。「神を怒らせせる」型は、神
聖なものを冒とくしたり、神の池をわざわざ汚して、神さまを怒
らせて雨を降らせようとするチャッカリ型。ときには地蔵さまを
しばったり、神社にイタズラしたりもします。

▼【塔ノ岳】:首都圏でおなじみの丹沢・塔ノ岳(1491m)の名前の
由来になっている岩・お塔(尊仏岩)にまつわる話です。『新編相
模風土記稿』玄倉村の項に「……此山ノ中腹ニ土俗黒尊仏ト唱フ
大石アリ。高五丈八尺許、其形座像ノ仏体ニ似タリ。故ニ此称ア
リ。此山ヲ他郷ニテハ尊仏山ト唱フ。土民ノ説ニ、旱魃ノ時登山
シテ此石ニ祈請シ、雨ヲ乞ト云。又石上ニ生スル苔ヲ土人御衣ト
称シ、瘧疾ヲ煩フ者アレバ是ヲ取テ煎シ用、必効験アリ」とあり
ます。尊仏岩は山伏たちのほかに、作物の神としても信仰され、
近郊の農民からあがめられたという。

尊仏岩の下の土は豊作に霊験あらたかだとされ、掘りだしては害
虫よけに自分の田畑に撒いたほか、岩に生えたコケは薬にもした
という。塔ノ岳は5月15日がお祭りで、近隣の村人は稲、麦、粟、
陸稲などの穂を持って登り「お塔」に供えした。その中から自分
が欲しい良い種を選んで持ち帰ったといいます。また雨乞いにも
ご利益があるいわれ、誰が言い出したか尊仏岩にあいている大き
な穴の中に雷神が住むといい、ひでりの年には穴に棒を突っ込み、
雷神を怒らせました。すると不思議に雨が降ってきたというので
す。

▼【丹沢大山】:同じ丹沢の大山(1252m)の阿夫利(あふり)神
社は雨降(あふり)山ともいい、ケーブルの不動前に下車すれば
かつては阿夫利神社を傘下におさめていた大山寺は山号が雨降山
大山寺。山名の由来もいつも山頂に雲がかかっており、よく雨が
降るからと伝承されています。

▼【木曽駒ヶ岳】:中ア・木曽駒ヶ岳(2956m)も昔ながらの信仰
の山。山頂北東尾根の伊那側カールには崖からしみ出す濃ヶ池が
あり、ふもとでは昔から濃ヶ池の水は毒水で池にはヌシの竜が住
むとか、また大声を出すと山が荒れるなどいわれ、神秘な池とし
て村人に恐れられてきました。そのため、雨乞いの池としても知
られます。宝永7(1710)年干ばつに苦しんだ伊那郡小出村の人
たちが権現つるねから登って雨乞いをしたという記録があります。

▼【又一の滝】:また「続新遠野物語」(『山岳宗教史研究叢書16』)
によれば、東北の名山早池峰山の前面にそびえる薬師岳の中腹の
又一の滝も雨乞いの場所。宝暦4(1754)年5月から7月になっ
ても雨が降らず、稲は開花せず困った村人は、ご神水の又一の滝
に早池峰様の一番嫌いな四つ足の犬と猫の死体を放り込んだとい
う。それから一週間後、激しい雷鳴とすさまじい雨が続きました。
そのため附馬牛村は山津波がおきて、遠野一帯は飢饉になりまし
たがほかの地域では恵みの雨になってということです。

▼【高宕山】:千葉県君津市と富津市の境にある高宕山(たかごや
ま・315m)も雨乞いの山。山頂の清滝神社の祠の前には、まわり
になにやら文字が彫ってある鉄ナベがころがっています。昔ひで
りになると、村人はこの清滝神社に祈願し、高宕観音堂わきから
湧き出る清水を借りて帰り、田んぼにまくと不思議に雨が降った
といいます。その時、途中で休んだりすると、そこに雨が降って
しまうといい、遠く市原、夷隅、安房などからやってくる人たち
も、この「水借り」の行事には村人がリレー式で運んだそうです。

そしてめでたく念願がかなうと借りた倍の水を返したという。山
頂の清滝神社は「高おかみ神」をまつります。この神は「暗(く
ら)おかみ神」と一対で雨を司る神だという。古くから祈雨、止
雨の神で京都の貴船神社の祭神になっています。前者は文字通り
高い山にまつる神であり、丹沢の大山にも祭られています。後者
は谷底に祭られます。

▼【元清澄山】:同県鴨川市と君津市との境にある元清澄山頂には
2つの石祠があって、正面に大山神社の文字があります。里宮の
鴨川市大山にある大山神社はもと大山寺本体。丹沢大山を開山し
た良弁創建と言われ、やはり雨乞いのお寺でしたが明治の廃仏棄
釈の時大山神社に変えたという。同県富山町にある伊予ヶ岳(337
m)も同じく雨乞いの山。

 以下訪れた主な雨乞いの山を列挙します。
▼【四尾連湖】:富士五湖西方の四尾連湖は、周囲約1200m、水
深10mあまりの円形天然湖。足を入れるとしびれるほど冷たいの
でその名があります。名前の響きから女性の間で人気があるとい
う。静寂な山中に澄んだ水を一面にたたえ、神秘的なところから
古くから信仰の対象になってきました。

江戸時代は富士八湖の一つの霊場として湖畔に尾崎竜王を祭り、
竜神堂があったという。なかでも降雨の力が知られ、干天時には
人々が集まり幟を立て鉦や太鼓を鳴らして雨乞い儀式を行ったと
いう。効験がないときは牛馬の枯骨を湖中に投げ入れ、水神を激
怒させ、雷雨を招いたという(『甲斐国志』)。ここのヌシは巨大な
牛の怪物だという。

ある時、2人の兄弟の武士が怪物と闘い、強弓で怪物を射殺しま
したが、2人もそこで力つき倒れてしまいました。その年はそれ
までひどい干ばつでしたが、翌日からは車軸を流すような大雨が
降りつづきました。それ以来、四尾連湖は雨乞いの湖として有名
になりました。人々は行列を作って2人の武士の墓に詣で、太鼓、
鐘、法螺貝(ほらがい)などを鳴らし、「四尾連の湖の黒雲、主を
殺した腹いせに雨を降らせ給いな」と大声に唱えながら湖の周囲
を回ったということです。

▼【北岳お池】:さらに、富士山に継いで2番目に高い北岳(3193
m)への登山道途中に小さな池があります。かつてはこの「お池」
に御洗米を投げ入れたり、干ばつの年には牛や馬の骨を投げて雨
乞いをする風習があったと『甲斐国志』(巻之三十三・山川部第十
四)にあります。

▼【榛名山・雷電山】:そのほか、群馬県の榛名山(1449m)、奥
多摩の雷電山(494m)があります。

▼【奈良婿洗いの池】:さらには奈良県と大阪府にまたがる大和葛
城山(959m)の奈良県側にある婿洗いの池というのがあります。
大和葛城山の一峰・天神山から発する安位川(あにがわ)は、櫛
羅(くじら)滝となって葛城川にそそぎます。この川は付近の農
地をかんがいするには水量が不足し、しばしば旱魃に悩ませられ
たという。

そこで村人は天神山竜王社を怒らせて、雨を降らせようと祠をこ
わして竜神の小沼に投げ入れる「雨乞い」を行ったという。その
時どういうわけか、新しく村へ縁組してきた婿養子を一人、この
池に投げ入れ荒縄でゴシゴシ洗って、半死半生の目にあわせる行
事があったという。

これを「火振り」「雲破り」といい、この池を「婿洗いの池」と呼
んだという。この雨乞いは近隣でも有名で、「婿に行くにも永井城
下へ行くな 旱魃やと言うて婿洗う」という里謡まであったとい
う。ある秋、山頂に登ったついでに婿洗いの池まで降りてみまし
た。荒れた池の畔は人影もなく、水はよどんで見る影もありませ
ん。バタ、バタ、バタ。大きな羽音をたてて、野鳥が頭の上をす
れすれに飛んでいきました。

▼【北八つ双子池】:また北八つ双子池も雨乞いの池。豪農の家の
息子・与七郎は、作男の娘・お染と恋仲になりましたが、「身分違
いだ」と怒った父親は、作男の親娘を家から追い出しとなり村の
名主の娘との婚約話をすすめるのでありました。悲しんだ与七郎
は、おりからの大干ばつで雨乞いの人身御供の身代わりとなり、
双子池の雄池に投身自殺をしてしまったという伝説があります。

▼【鎮西池】:さらに山梨県南大菩薩連嶺からつづく、滝子山近く
にある鎮西池は、鎮西八郎為朝と白縫姫に関係あるというところ。
そばに白縫神社がまつられています。その昔、伊豆の大島に流さ
れた為朝を慕い、白縫姫が九州からはるばるたずねてきて、ふも
との恵能野の村に住んだという伝説があります。この池から為朝
ゆかりの古鏡が出てきて大騒ぎしたことがあるという。いまは雨
乞いに使われているそうです。

▼【守門岳】:新潟県守門村と入広瀬村、下田村の境にある守門岳
(すもん・1537m)大岳北方の吉ヶ平近くの大池には白いタニシ
が棲んでおり、干ばつの時これをとって里に持ち帰り雨乞いをし
たという。もしタニシを殺したりしたら降りだした大雨がやまな
くなるという伝説もあります。

▼【金峰山】:山梨県甲府市と長野県川上村との境、奥秩父の金峰
(きんぷ)山頂には高さ18mもの大岩があり、遠くから見ると大
黒さまの像に似ており、「ご像岩」とも呼ばれたといいます。この
山も昔の農耕の神(雨乞い)の山として、ふもとの民家の信仰厚
く、戦国時代には川端下集落にはお寺がたくさん建っていたとい
います。

▼【奈良二上山】:奈良・大阪境の二上山は二神山の意味で雄岳雌
岳がならぶ双子山。地元の人は「嶽の権現さん」と呼び水神の性
格の山だとか。干ばつの雨乞いには提灯と幟を持って登るという。
「嶽の権現さん幟がお好き、幟持ってこい雨降らす」という里謡
もあります。

▼【修那羅峠】:ささやき神、催促金神、左うちわ神など奇抜な石
仏がならぶ長野県南筑摩郡坂井村の修那羅峠。開祖の修験者大天
武命は江戸後期、新潟県妙高村の生まれで9歳の時に家を出て全
国の山々で修行。英彦山の豊前坊天狗や、越後で三尺坊天狗にさ
まざまな法を習得。ここに来て雨乞いの法で人々の信頼と尊敬を
集め峠の安宮神社を創始したと神社の縁起にあります。このよう
に、なだめたり、すかしたり、怒らせたりして神さまを思い通り
にしようとする人間のサル知恵に神さまもさぞかし苦笑い。少し
降らせてやるか……と思ってくれたのでしょうか。

▼【参考文献】
・「あしなか」(第40輯・雨乞い特集)山村民俗の会
・『甲斐国志』(巻20〜37・山川部)(巻38〜54・古蹟部):「大日
本地誌大系・第45巻」(雄山閣出版)1982年(昭和57)5月7日
・『角川日本地名大辞典12・千葉』川村優ほか編(角川書店)1984
年(昭和59)
・『鹿野山と山岳信仰』岡倉捷郎(崙書房)1988年(昭和63)
・『甲州の伝説』(日本の伝説・10)土橋里木ほか(角川書店)1976
年(昭和51)
・『世界大百科事典1』(平凡社)1972年(昭和47)
・『日本の民俗」全47巻 第一法規出版
・「南方熊楠全集2」(p249・トカゲで雨乞い)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『日本歴史地名大系19・山梨』(平凡社)1995年(平成7)
・『房総志料続篇』:「房総叢書・6」(房総叢書刊行会)1941年
(昭和16)

 

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