とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画っ展】

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▼699号 「北ア白馬岳・怪人山之坊の万」

【概略】
白馬岳の怪物に殺された父親の仇のを討とうと猟師の息子は山に
分け入りました。静寂な深山。父が殺された場所の杉の枝の間を
ねらって銃声一発。確かな手応え。全身毛で包まれた大男が倒れ
ていました。それはたしかに白馬岳にすむ怪物らしい。しかしそ
の正体は分かりませんでした。
・長野県白馬村と富山県朝日町との境。

▼699号 「北ア白馬岳・怪人山之坊の万」

【本文】
 かつて新潟側から白馬岳に登るには姫川温泉近くの山之坊集落
から入り、途中蓮華温泉に一泊したという。その近くにはヤマブ
ナの森が茂る「山之坊」という部落があり、登山者はここで食料や
必要品を準備するのでした。
 江戸時代中期のころ、このあたりに「山之坊の万」という、恐ろ
しい山男がすんでいました。母親たちは泣きやまない子どもに「そ
んなに泣くと山男に喰わしてしまうよ」というと、いままで泣いて
いた子どもすぐに泣きやみました。また「山男が目をむいて蛇を裂
いて食べていた」などといわれれば、もう子どもたちは顔さえあげ
られませんでした。
 この山之坊部落近くの森にはケヤキのご神木があり、もし伐ろう
ものなら天地が鳴動して、大雨が降り洪水が起こり、人も家も田畑
もみんな流されてしまうと伝えられていました。ある時、欲の深い
2人の木こりがこのケヤキを切り出し、金にしようと森に入ってき
ました。そして大きなノコギリを2人がかりで曳きはじめました。
 すると、上の方からゲラゲラと笑う声がします。見ると木の茂み
の中から獣のような大男が、こちらを睨んでいます。木こりたちは
命からがら逃げ帰りました。それからは「鬼がすんでいる…」、「怖
ろしい山男がいる…」。こんな噂が、木こりたちの口から口へ広が
っていったのでした。
 そのころ、村に元気のいい猟師がいました。「山男がなんだとい
うのだ」。猟師はせせら笑って鉄砲をかついで山に入っていきまし
た。しばらく山道を歩いていくと突如、バサバサっと音がしました。
猟師はイノシシだと思い急いで銃をとりました。重なり合ったスギ
の枝がバサッと動くと、まっ黒な怪物が躍り出ました。
 ズドン!、と火ぶたを切りました。が、弾丸は怪物をはずれてし
まいました。すぐに第2の弾を放ちました。「生意気なことをする
なッ。おれは山之坊の万だ。貴様の命はすてておかない」。素早く
怪物の姿は消えました。猟師は怖ろしくなり、一目散に山道を逃げ
ました。しかし、村の近くまでくると急に息が苦しくなり、村人に
発見された時は、すでに冷たくなっていました。
 この猟師には14歳になる息子がいました。「この仇はきっと討っ
てやる」。しばらくしたある日の朝早く、少年は父親が残した銃を
かついで、だれにも告げずに家を出て山に入っていきました。だん
だんと白馬岳の登山道を分け入り、彼方こなたの谷から峰へと探し
歩きましたが、怪物の姿は見えません。岩の根元に湧く清水を飲み
ながら弁当を広げました。
 風の音もない静寂を破って、時々かん高い鳥の声が聞こえてきま
す。すると、バサバサッという音を聞きました。少年は銃を持ち直
しました。その時、重なり合った杉の枝が、バサリッ動いたと思う
とまっ黒な怪物が飛び出してきました。「怪物!」少年はねらいを
つけました。指が引き金を引きました。
 轟然一発、確かな手応え。少年が倒れているものに近づいて見る
と、それは全身毛につつまれた怖ろしい人間の姿でした。こうして
父の仇を討ち少年は村へ帰りました。家人や村人は喜び、彼の勇気
を高くほめました。討たれた怪物は、たしかに長い間白馬岳にすみ、
獣を食べていた怪人らしい。しかし、その正体は分からない…。

▼白馬岳【データ】
★【山名】しろうまだけ

★【異名】
・大蓮華山(おおれんげやま)

★【由来】
・苗代づくりの目安になる黒い馬の雪形が由来。苗かき代馬岳が代
馬(しろうま)になり白馬岳になった。山頂の山名案内板は、1916
年(大正5)に新田次郎の小説「強力伝」のモデルとなった強力た
ちが持ち上げたものとされている。

★【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第45番選定):日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(第54番選定)
・清水栄一選定「信州百名山」(第54番選定)
・田中澄江選定(1981年)「花の百名山」(第68番選定)
・田中澄江選定(1995年)「新・花の百名山」(第69 番選定)

★【所在地】
・長野県北安曇郡白馬村と富山県下新川郡朝日町との境。大糸線白
馬駅の北西10キロ。JR大糸線白馬駅からバス、猿倉から大雪渓経
由6時間15分で白馬岳。一等三角点(標高2932.2m)と山名案内板
がある。地形図に山名と三角点記号と標高2932.2m文字と南側に石
碑の記載あり。三角点より南南西方向362mに白馬山荘がある。

★【位置】
・三角点:北緯36度45分30.71秒、東経137度45分30.77秒

★【地図】
・2万5千分の1地形図「白馬岳(富山)」。5万分の1地形図「富
山−白馬岳」

★【参考】
・『山の伝説』日本アルプス編(青木純二)丁未出版1930年(昭和
5)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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