とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画っ展】

▼172号 「北ア・白馬岳は黒馬岳?」

【概略】
「ハクバ」だ・「シロウマ」だという、ちまたの白馬岳山名論争。
いまハクバ岳が普通になった。しかし、雪形としてあられるのは、
山の地肌が黒く浮き出した黒馬なのだ。なわ代かきの目安のなわ代
かき馬・代(しろ)馬岳はどこへ行っちゃった?
・長野県白馬村と富山県宇奈月町との境

▼172号 「北ア・白馬岳は黒馬岳?」

日本の暦は1873年(明治6)までは満月を基準にした陰暦でした。
この暦は1年が354日のため季節との間にずれができます。

そこで昔の人は、初夏の山にできる雪どけの形・雪形のでるのを見
て季節をはかり、農作業をしていました。

ここ白馬岳の雪形もその一つです。村人はこの山に馬の雪形のでる
頃を水田のなわ代(しろ)かき作業開始の目安とし農作業をすすめ
たということです。

そのため、この山をなわ代かき馬の山・代(しろ)馬岳と呼んでい
ました。

ところが明治時代、陸軍参謀本部陸地測量部というすごい名前のと
ころが地図をつくる時、ろくに村人の意見も聞かずに白馬(しろう
ま)とあて字してしまいました。

その後、山ろくの村々が合併、お役所がつくった地図通りの山の名
前を取り白馬村と命名、つづいて駅も白馬駅と改名しました。どち
らもハクバと音読みさせました。

しかし、あられるのは山の地肌が出た黒馬です。「ハクバだ」「シロ
ウマだ」という、ちまたの山名論争をよそにわが「黒馬岳」は悠然
として天空にそびえているのであります。

▼【データ】
【山名】白馬岳(しろうまだけ)・大蓮華山(おおれんげやま)。苗
代づくりの目安になる黒い馬の雪形が由来。苗かき代馬岳が代馬(し
ろうま)になり白馬岳になった。山頂の山名案内板は、1916年(大
正5)に新田次郎の小説「強力伝」のモデルとなった強力たちが持
ち上げたものとされている。

【所在地】
・長野県北安曇郡白馬村と富山県下新川郡朝日町との境。大糸線白
馬駅の北西10キロ。JR大糸線白馬駅からバス、猿倉から大雪渓経
由6時間15分で白馬岳。一等三角点(標高2932.2m)と山名案内板
がある。地形図に山名と三角点の標高と南側に石碑の記載あり。三
角点より南南西方向362mに白馬山荘がある。

【位置】
・三角点:北緯36度45分30.71秒、東経137度45分30.77秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「白馬岳(富山)」

【参考】
・「北アルプス白馬連峰 その歴史と民俗」長沢武(郷土出版社)1
986年(昭和61)
・「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「山の紋章・雪形」田淵行男著(学習研究社)1981年(昭和56)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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