山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼146号「長野県・飯縄山の天狗」

【概略】
飯縄山の飯綱三郎天狗は太郎坊、次郎坊の次という意味でたいした大
物という。別の天狗・千日太夫は飯縄の法という小動物を使って、人の過
去や未来を告げる邪法の始祖。これを受けつぐ飯縄修験、人をまどわせ
恐れさせる呪法が嫌われ次第に衰退した。
・長野市と戸隠村・牟礼村との境。

▼146号「長野県・飯縄山の天狗」

みなさんは飯綱三郎(いづなのさぶろう)という名前を知っていま
すか。これは飯縄(綱)山に住むという天狗の名前だそうです。長
野県戸隠側では「伊都奈(いづな)三郎」とも書くそうです。

飯綱三郎は日本の有名な天狗をとりあげた「日本八天狗」の一狗(天
狗は一狗二狗と数える)にも入っています。三郎とは、京都の愛宕
山(あたごさん)太郎坊、滋賀の比良山(ひらさん)次郎坊という
天狗の次の格という意味になります。

鎌倉時代末とも室町時代にできたともいわれる戸隠の古い記録「戸
隠山顕光院流記」には「伊都奈三郎は日本第三の天狗なり」とまで
書かれ、天狗仲間ではたいした大物なのだそうです。

この山にはもう一狗、飯縄山千日太夫(せんにちだゆう)という天
狗がいることになっています。この千日太夫は管狐(くだぎつね)
という人には見えない小動物を使って、人の過去や未来を告げさせ
る「飯縄の法」という邪法の始祖です。

この恐ろしい法のことはよく祖母などからも聞かされ、子ども心に
なんとも怖いものだと思ってものでした。飯縄邪法を受けつぐ飯縄
修験は、インドのヒンズ−教の魔女からきた荼吉尼天(だきにてん)
思想を基幹とし、その社を飯縄権現といったのだそうです。

飯縄修験は戸隠修験から分裂した戸隠宝光社の行者たち。人をまど
わせ恐れさせる呪法が世間から嫌われ「飯縄の法」は衰退してしま
いました。

いまは、山頂直下に荼吉尼天の石像があるだけ。「飯縄の法」自体
を知っている人も少なくなりました。

▼【データ】
【山名】飯縄山(いいづなやま)・飯綱山(いいづなやま)。山頂付
近の湿地の土砂が栗飯や麦飯に似て食べられるといい、飯砂山から
転じて飯縄山になったという。

【所在地】
・長野県長野市と長野県長野市戸隠(旧上水内郡戸隠村)、長野県
上水内郡飯綱町大字牟礼(旧上水内郡牟礼村)との境。信越本線牟
礼駅の西25キロ。JR信越本線長野駅からバス、飯縄高原から歩い
て2時間30分で飯縄山。二等三角点(1917.4m)がある。地形図に
飯縄山(飯綱山)の文字と三角点の標高の記載あり。付近南西側に
飯縄神社と標高点の標高(1909m)の記載あり。

【位置】
・三角点:北緯36度44分22.2秒、東経138度8分1.16秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「若槻(高田)」

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・「山岳宗教史研究叢書16・修験道の伝承文化」五記重編 (名著
出版)1981年(昭和56)
・「山岳宗教史研究叢書17・修験道史料集(T)」五木重編(名著
出版)1983年(昭和58)
・「信州山岳百科・3」(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「図聚天狗列伝・東日本編」知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・「天狗の研究」知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・「日本歴史地名大系20・長野県の地名」(平凡社)1979年(昭和54)


山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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