とよだ 時・山旅イラスト通信 【ひとり画展】(初期作品)

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▼このページの目次

791 奥多摩・雲取山は東京の屋根
792 北ア・俊秀独歩の秀(穂)高岳
793 西丹沢・甲州相州国境争い
794 山の妖怪・天狗
795 孤高の高山植物・キタダケソウ
796 槍へ槍へとアルプス銀座
797 北ア・活火山焼岳
798 北ア剱岳・岩場にしがみつく蟹の列
799 富士山・お鉢めぐりと八葉蓮華
800 新潟県・越の中山妙高山

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▼791号 「奥多摩・雲取山は東京の屋根」

江戸幕府編纂の地誌「新編武蔵風土記稿」に「ただ雲をも手に取る
ばかりの山なればとてかく号せり」と書かれる雲取山。雲取ヶ岳・
雲採山とも。また「平地に波瀾を起こした幾多の小山脈が…」小暮
理太郎も「山の憶い出」の中で綴る。
・東京都奥多摩町と埼玉県秩父市、山梨県丹波山村との境

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▼792号 「北ア・俊秀独歩の秀(穂)高岳」

穂高のホ、タカは「高い高い」という重言という。穂高嶽の名が書
物に初めて出るのは「信府統記」(江戸時代松本藩内の地誌)。また
江戸後期の「穂高嶽記」に「俊秀独歩の秀高嶽」という一節がある。
穂は秀の仮字のことから、秀のかわりに穂が使われたという。
・長野県松本市と岐阜県高山市との境

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▼793号 「西丹沢・甲州相州国境争い」

相模(神奈川)・甲斐(山梨)・駿府(静岡)の旧国境紛争は平安時
代から江戸時代まで千年にもおよんだという。1847年(弘化4)幕
府の調停でやっといまの県境に決定。いまでも大室山から加入道山
・城ヶ尾山・菰釣山・山中湖へ続く尾根上には、当時の国境紛争を
説明した掲示板が見受けられる。
・大室山:神奈川県山北町と山梨県道志村と境

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▼794号 「山の妖怪・天狗」

天狗はもとはすべて烏天狗の姿だったという。足利時代、日本画の
狩野元信が鼻の高い修験者姿の大天狗の姿を描き出した。それを見
て各地の天狗信奉者は次々この像に乗り換えた。しかし、長野県飯
縄山系の天狗の山・東京高尾山・迦葉山などはいまでもくちばしの
ある天狗で通している。

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▼795号「孤高の高山植物・キタダケソウ」

キタダケソウは、南アルプスの北岳だけに生える孤高の絶滅危惧種。
「国内希少野生動植物種(国内希少種)」最初の指定種。指定され
ているのはレブンアツモリソウ・キタダケソウ・ハナシノブの3種
と聞けばいっそう貴重な植物だと分かる。
・キンポウゲ科キタダケソウ属(ウメザキサバノオ属)の多年草

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▼796号 「槍へ槍へとアルプス銀座」

よく耳にするアルプス銀座に表銀座コース・裏銀座・西銀座などが
あります。これは槍ヶ岳を中心とした登山コースで表銀座は中房温
泉から燕岳・大天井岳・西岳・槍ヶ岳へ至るコース。裏銀座はブナ
立尾根登り口から烏帽子岳・野口五郎岳・鷲羽岳・双六岳から西鎌
尾根を経て槍ヶ岳へ至るコース。

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▼797号 「北ア・活火山焼岳」

焼岳はいまでもそこかしこから湯気が立ち登っています。大正4年
の大爆発で梓川をせき止め大正池をつくったという。その後、1962
年(昭和37)の大爆発では中尾峠の肩の小屋を押しつぶし管理人が
重傷。いま峠は北東に移動、新中尾峠と呼ばれています。
・長野県松本市と岐阜県高山市との境

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▼798号 「北ア剱岳・岩場にしがみつく蟹の列」

剱岳は古来登ってはいけない神聖な山。こんな山も時代にはかなわ
ず大正9年竹内イサが、翌年小倉貞という女性が登っているという。
しかし現代では難所「カニのタテバイ」、「カニのヨコバイ」もツア
ーに参加した大勢の女性が列になって岩場にしがみついています。
・富山県上市町と立山町との境

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▼799号 「富士山・お鉢めぐりと八葉蓮華」

「お鉢めぐり」は約3.5キロを1時間半。火口のまわりに剣ヶ峰、
白山岳(釈迦ヶ岳)、久須志岳(薬師岳)、大日岳(朝日岳)、伊豆
ヶ岳(阿弥陀岳)、成就ヶ岳(勢至ヶ岳)、駒ヶ岳(浅間岳)、三島
岳(文殊ヶ岳)と8峰。それらを「八葉蓮華」(釈迦が座るハス)
に例えかつては「お八めぐり」といったという。

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▼800号 「新潟県・越の中山妙高山」

妙高山は昔は「越の中山」と呼ばれていたという。これが名香山(な
かやま)の字が当てられて、ミョウコウと読まれるようになり、妙
高の字が当てられたという(異説あり)。ここも天狗(足立坊)の
伝承地。近くの飯縄系天狗(荼吉尼天の姿)であらわされています。
前身は山神守護の地主神だともいう。

 

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