とよだ 時・山旅イラスト通信 【ひとり画展】(初期作品)

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▼このページの目次

511 丹  沢・ 不老山のサンショウバラ
512 北  ア・ 内蔵助谷の流れ星
513 北  ア・ 笠ヶ岳の播隆上人
514 農作業の目安・雪形
515 南  ア・ 農鳥岳の雪形
516 丹  沢・ 菰釣山のこも
517 紀  伊・ 金剛山の蛇谷
518 丹  沢・ 大山阿夫利神社の太刀
519 北  ア・ 白馬鑓ヶ岳の硫黄取り
520 中  ア・ 木曽御嶽山の霊神碑

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▼511号 「丹沢・不老山のサンショウバラ」

ある年の6月、御坂山塊から御正体山に渡り、西丹沢の稜線を三国
山経由で、湯船山から不老山まで歩きました。誰もいない不老山山
頂にはサンショウバラが可憐に咲いています。このまま下山するの
がもったい……。幸い明日1日、空いています。そこで花の下にテ
ントを張ることにしました。夜半、鹿がサンショウバラの観賞にあ
らわれました。
・神奈川県山北町と静岡県小山町との境

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▼512号 「北ア・内蔵助谷の流れ星」

北アルプスの静寂境内蔵助谷。大カールの最低部の氷は一千数百年
もの前の「生きている氷河」といわれている。佐々成政も信州への
往来に利用したともいわれる所。内蔵助平の鉄橋の水場近くに張っ
たテント。外は満天の星。流れ星を肴にイッパイ。天の川はオレの
ものだあ!。
・富山県立山町

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▼513号 「北ア・笠ヶ岳の播隆上人」

江戸も後期の1823(文政6)、笠ヶ岳再興を果たした播隆。笠ヶ岳
山頂に立ち、東の空に浮かぶ荒々しい穂高連峰の岩峰の中に、ひと
きわ天を突く槍ヶ岳を見て感激しました。あの山こそ、絶好の修行
の場所だ。そう確信した播隆は槍ヶ岳に登ることを決意したのでし
た。この瞬間から槍ヶ岳開山に挑む播隆の人生がはじまりました。
・岐阜県高山市

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▼514号 「農作業の目安・雪形」

山々にあらわれる雪形は、毎年同じところに出るため、村人たちは
名前をつけて農作業をはじめる目安にしました。雪形には白く残雪
が残るものと、雪がとけて黒い形ができるものがあります。有名な
白馬岳は、岩肌の黒い馬の形や富士山の鳥、木曽駒ヶ岳の駒形など
があります。

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▼515号「南ア・農鳥岳の雪形」

農鳥岳の雪形は2種類あって、いずれも東の峰の農鳥岳のアスナロ
沢の源頭に出るという。夏のはじめ白鳥の雪形が出て、次に牛の雪
形があらわれる。また、雪形は年2回現れることがあり、秋に積も
った雪でまた農牛の形が出てくるという。
・山梨県早川町と静岡県静岡市との境

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▼516号 「丹沢・菰釣山のこも」

西丹沢の相模・甲斐間の国境争いで、平野村の名主が菰釣山に菰を
吊るして生活したという。また戦国期、武田信玄が菰(むしろ旗)
で、味方の軍に合図したとのいい伝えもあります。菰釣山の名の通
り山名の由来はやはり菰に関係しているようです。
・神奈川県山北町と山梨県道志村との境

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▼517号 「紀伊・金剛山の蛇谷」

金剛山の蛇谷は「岩橋造り」で役ノ行者に逆らった一言主の神が、
葛の蔓で七巻きも縛られ、置き去りにされた所という。呪縛された
一言主神が、どうしても葛を解くことができず、その苦しいうなり
叫ぶ声は幾年たってもまだ絶えていないと伝える。
・奈良県御所市

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▼518号 「丹沢・大山阿夫利神社の太刀」

かつて大山参りをするには大きさを競って木の太刀を奉納する習慣
があった。明治時代になり鉄道が走ってからは、大きな木太刀を車
内に持ち込まれ、振り回されては危なくてしょうがない。そのため
車内持ち込み禁止になりいつか納太刀奉納の習慣はなくなっていっ
たという。
・神奈川県伊勢原市

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▼519号 「北ア・ 白馬鑓ヶ岳の硫黄取り」

白馬鑓ヶ岳の裏側、富山県側に草木も生えない山朱殿坊山。硫黄が
とれ村人は我も我もと採取に登り、一時は松本藩が税金まで課した
という。場所が場所だけに時々事故が起こり、三次郎台地や六左衛
門滝など人の名が地名となって残っている。

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▼520号 「中ア・木曽御嶽山の霊神碑」

いまでも御嶽教信者の白装束の姿を見かける御嶽山。登山道に並ぶ
霊神碑は、修行を積んだ行者の霊を納めたものだとか。古い霊神碑
は、岐阜県にある覚明霊神の弘化2(1845)年のもの。いまでも建
てられ続けている。
・長野県王滝村と木曽町との境

 

 

 

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