山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼977号「北アルプス・白馬岳西方猫又山」

【序文】
140字
高山植物で有名な白馬岳の西方に猫又山(2308m)があり、すぐ
そばに猫ノ踊場(2217.5m)というピークがあります。明治に小杉
復堂が発表した「遊大蓮華山記」に、猫又山の山名について、猫ノ
躍場というところがあり、「藩命をおびた猟者が、踊っている一丈
余りの金華猫を撃ち殺したことに因む」と書いています。
・富山県黒部市宇奈月町旧地区
(本文は下記にあります)

▼977号「北アルプス・白馬岳西方猫又山」

【本文】

北アルプス高山植物で有名な白馬岳の西方に猫又山(2308m)が
あり、すぐそばに猫ノ踊場(2217.5m)というピークがあります。
この山は黒部川の東側にあり、猫又谷が黒部川にそそぎ、そばに黒
部峡谷鉄道の「ねこまた駅」や猫又ダムがあります。この山へ行く
には白馬岳南側から清水(しょうず)尾根を行くのですが、清水岳
(しょうずだけ)から猫又山方面には登山道がはっきりしていませ
ん。

ところでこれとは別にもうひとつ、黒部川の西側、剱岳の北方、毛
勝三山のひとつに同じ名前の猫又山(2378m)があり、ここにも
魚津方面に流れる片貝川南又谷の支谷の同じ名前の「猫又谷」があ
って何ともややこしい。しかし、今回は黒部川東側、白馬岳西方に
ある猫又山(2308m)の話です。

猫又とは猫の妖怪のことをいい、長年生きた猫は人を襲うような怪
猫になり、尻尾に先が二又に裂けているという。白馬岳西方にある
猫又山(2308m)は、古くは朝日岳と呼ばれていたという。江戸
時代には、小川温泉(いまの富山県朝日町)から北又谷、柳又谷を
経由して猫又山を通り、蓮華山(いまの白馬岳)まで黒部下奥山廻
りの道があり、加賀藩役人が見回りしていたという。

1863年(文久3)の山行記録『下奥山日記』(竹内甚之進)には、
猫又山をただの「猫」として記載されているという。またそばの猫
ノ躍場も「猫躍場」とあり、そのころから知られていたようです。

また明治28年(1895)には小杉復堂という人が、役人たちが歩い
た黒部下奥山廻り道をたどって蓮華山(白馬岳)を往復し「遊大蓮
華山記」(『復堂遺文』)として発表しました。その一文の中で猫ノ
躍場にふれて、「藩命をおびた猟者が、踊っている一丈余りの金華
猫を撃ち殺したことに因む」としています(『富山県山名録』)。

金華猫とは、金華地方(中国 浙江省 金華地方)に伝わる妖猫のこ
とで、人に飼われて3年経つと月光の精気を吸収して妖怪になると
いう。深い山奥か古いお寺などの地下にすむようになり、夜になる
とあらわれ、相手が女なら美青年に、男なら美少女に化けて人間を
たぶらかす怪猫)。

この猫又ついては日本にも古くから言いつたえがあり、鎌倉時代末
期、兼好法師が書いたとされる『徒然草』に、「奥山に猫またとい
ふ物(もの)、人を食(く)らふなり」と人の言ひけるに…」と出
てきます。また『安斉随筆』(伊勢貞丈・いせさだたけ・江戸時代
中期の有職家国学者)にも「数年の老猫、形大に成り尾二岐になり
て妖怪をなす。これを猫またともいふ」とあり、江戸時代中期の儒
学者・新井白石も「猫股といふもの金華の家に飼ふ猫、三年の後よ
り人をまどわすといふ」などと書いています。

『山の伝説』(青木純二)によると、「江戸時代初期の元和(げんな)
のころ(1615〜1624年)、越中方面に不思議なことが起こった。
南の空から北へはるかに真っ赤な雲が流れ…」。それは血のような
気味の悪い赤さで、人々を恐怖におののかせた。「ただごとでない
不吉の予兆だ」。…。はたして黒部峡谷に猫又という怪獣が出現し
ました。

そもそも猫又という怪獣は富士山にすみ、木花開耶姫の鎮座ましま
す富士権現につかえる老猫でした。ところが、源頼朝が建久4年
(1193年)5月に行った富士の巻き狩りをした時、猫又もあまた
の獣とともに狩り出され、身を隠す場所を失って軍兵を喰い殺して
逃げ帰ったが、権現さまは立腹した。「血に汚れた汝のようなやつ
はここに置くことはならぬ」。猫又は永年すみなれた富士を追放さ
れて黒部峡谷に流転してきた。猫又は盛んに人を殺した…。

そこで庄屋と村人が、猫又退治を代官に願い出て山狩りを行ったと
いう。1000人の勢子が出動したが、そのすざまじい形相に勢子た
ちは立ちすくみました。そして猫又はいずこへとともなく逃げ去っ
てしまったという。人々はその怪獣のいた山を猫又山と呼び恐れま
した。付近の猫ノ踊場には、月光美しくさえる夜など、どこからく
るのかたくさんの子猫がここに集まり、奇怪な踊りを夜が明けるこ
ろまで踊るという」とありますが、「遊大蓮華山記」では猟師に打
ち殺されたとなっています。

▼猫又山【データ】
★【所在地】
・富山県黒部市宇奈月町旧地区。黒部峡谷鉄道猫又駅の北東7キロ。
一般コースではない。(標高点2308m)

★【位置】
・標高点:北緯36度46分22.73秒、東経137度42分26.23秒)

★【参考文献】
・『角川日本地名大辞典16・富山県』坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・『山頂渉猟』南川金一著(白山書房)2003年(平成15)
・『徒然草』:新日本古典文学大系39『方丈記・徒然草』佐竹昭広
ほか校注(岩波書店)1989年(昭和64・平成1)
・『富山県山名録』橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『続 日本の地名』(動物地名をたずねて)谷川健一著(岩波新書)
2000年(平成12)
・『日本歴史地名大系16・富山県の地名』(平凡社)1994年(平成
6)
・『耳嚢』(みみぶくろ・耳袋とも)(根岸鎮衛(やすもり)著)1814
年(文化11)『日本庶民生活史料集成16』鈴木棠三ほか編(三一書
房)1989年(昭和64・平成1)
・『山の伝説』青木純二(丁未出版社)1930年(昭和5)
・『新著聞集』(しんちょもんじゅう)(神谷養勇軒著):『日本随筆
大成第二期第5巻』日本随筆大成編輯部編(吉川弘文館)1994年
(平成6)所収
・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美術出版)1994年(平成
6)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)

 

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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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