山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼957号「笹子雁ヶ腹摺山とお坊山の伝説」

【前文】
大菩薩連嶺には牛奥ノ雁ヶ腹摺山、雁ヶ腹摺山、笹子雁ヶ腹摺山と
3つの腹摺山があります。笹子雁ヶ腹摺山も雁が腹を摺って飛んだ
という。北西のお坊山には、恋に破れて池に身を投げた娘が大蛇に
なり、旅人を悩ませましたが親鸞上人が鎮めたという伝説がありま
す。
・山梨県大月市と甲州市との境。
(本文は下記にあります)

▼957号「笹子雁ヶ腹摺山とお坊山の伝説」

【本文】
中里介山の小説で有名な『大菩薩峠』の北方の大菩薩嶺から、アッ
プダウンをくり返しながら南下する尾根を大菩薩連嶺というそうで
す。このあたりには雁ヶ腹摺山という山がいくつかあり、大菩薩峠
から3時間ほど南に下った牛奥ノ雁ヶ腹摺山、その南東にある、旧
500円札裏の富士山の写真撮影場所で知られる雁ヶ腹摺山。それに
大菩薩連嶺南端、笹子峠近くにあるその名も笹子雁ヶ腹摺山(ささ
ごがんがはらすりやま・1358m)が有名です。ある解説書によれ
ば、この山系には8つも「雁ヶ腹摺」という地名があるとしていま
す。

今回の本題である笹子雁ヶ腹摺山は別名御殿。山梨県大月市笹子と
甲州市(旧大和村)の境にあり、「雁ヶ腹摺山」とは大月市笹子側
の呼び方で、別名の「御殿」は甲州市(旧大和村田野地区側)の呼
称だという。笹子峠は江戸時代に開かれた甲州街道のなかでも最大
の難所だったという。笹子峠の大きな緩みは、飛んでいく渡り鳥に
とっても難所だったらしく、雁などが腹を摺りながら飛んだという
のでこんな名前になりました。「笹子」とはササがよく生える所に
ある村(子村)の意味だという。

雁ヶ腹摺山の下にはトンネルがいくつか通っています。JR中央本
線と中央自動車道、それに国道20号線など合計5本ものトンネル
があり、山の下が穴だらけと思うと登っていても何となく落ち着き
ません。大菩薩連嶺は笹子峠で終わります。さらに尾根づたいに南
へたどると大洞山、大沢山、八丁山へとつづき、御坂山系につなが
っていきます。余計なことながら峠の大月市側には名物の笹子餅、
山梨県指定の文化財・追分人形、矢立の杉などが有名です。

さて笹子峠といえば、武田氏滅亡の時、岩殿城を目指した武田勝頼
が、寝返った岩殿城主小山田信茂によって築かれた城戸を越えるこ
とができず自刃した怨みの峠です。また、近藤勇が官軍の銃火に追
われ逃げていった峠でもあります。鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾
妻鏡』建保元年(1213)五月四日条に出てくる「坂東(ばんどう)
山」や、鎌倉初期の曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物語『曽我
物語』巻九に記された「坂東」とは、当峠から北東の笹子山にかけ
ての一帯のことだという。

笹子峠は甲斐国の国中(くになか)と郡内(ぐんない)地方を結ぶ
重要な路すじであり、旅人や物資の出入りを取り締まる関所鶴瀬口
留番所があったところ。関所は、峠の西麓(いまの甲州市・大和村)
にあったそうですが、1869年(明治2)に関門廃止が布告されて
関所はなくなりました。笹子雁ヶ腹摺山から北西に進むと米沢山、
お坊山があります。

この山々は見かけによらずアップダウンが激しく縦走するのに骨が
折れます。お坊山(1430m)は、別名:トクモリ。お坊山とは東
側の大月市笹子町あたりの呼び方だそうです。ここにはこんな伝説
があります。その昔、東山麓の村に住んでいた娘が恋に破れ、悲し
みのあまり池に身を投げてしまいました。その怨みが大蛇になって、
峠を越す旅人を悩ませました。

そこへちょうど親鸞上人が通りがかり、100個の小石に「南無阿弥
陀仏」と書いて池に投げ入れたところ怨念は静まったというのです。
ある本でお坊山の名は親鸞上人(お坊さん)に関係した名だとある
のを見ましたがはっきりしません。余談ながら山梨県指定天然記念
物矢立杉は、峠の頂上から約1.3キロ東(笹子町黒野田)へ下った
沢沿いにある、樹高約28m、幹囲9mスギの巨木。

大昔から旅人たちに親しまれた名木で、江戸後期の地誌『甲斐叢
記(かいそうき)』(別名『甲斐名所図会』)に、「箭立杉といふ昔
時軍陣に出る兵士上箭一筋を此の杉に射立て富士浅間明神に賽せし
といへり」とあり、数多くの絵画に描かれ、詩歌に詠じられている
そうです。

▼笹子雁ヶ腹摺山【データ】
★【所在地】
・山梨県大月市と甲州市(旧大和村)との境。中央本線笹子駅の
北西3キロ。JR中央本線笹子駅から歩いて50分で登山口。さら
に2時間15分で笹子雁ヶ腹摺山。3等三角点(1357.7m)がある。
地形図上には山名(笹子雁ヶ腹摺山)と三角点の記号とその標高の
み記載。

★【位置】
・笹子雁ヶ腹摺山3等三角点1357.7m:北緯35度37分2.33秒、
東経138度47分37.53秒

★【地図】
・旧2万5千分1地形図名:笹子。

★【参考文献】
・『甲斐の山旅・甲州百山』蜂谷緑ほか(実業之日本社)1989年(昭
和64・平成1)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系19・山梨県の地名』(平凡社)1995年(平成
7):(p110・笹子峠)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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