山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼898号 北アルプス・遠見尾根と風切地蔵

五龍岳には遠見尾根から登ります。遠見とはタワミ(タルミ)のこ
とだそうです。また眺めがよいので遠見の字を当てたという。小遠
見山から地蔵ノ頭に着くと大きなケルンがあり、その中の地蔵さん
は風切地蔵というそうです。また天狗尾根にも風切地蔵があり、こ
れらの地蔵は山麓を風害から守っているという。

【本文】

後立山連峰の雄峰五龍岳に直接登るには長野県遠見尾根から登りま
す。遠見尾根は五龍岳北の白岳(しらたけ・しろだけ)から大遠見
山などいくつもの何とか遠見山を経て小遠見山で北東(遠見スキー
場方面)と南東(天狗尾根)に分かれています。天狗尾根は現在立
ち入り禁止で、北東に下ると地蔵ノ頭を経てテレキャビン乗り場に
至ります。

そもそも遠見とは、タワミ(タルミ)の当て字だそうです。また五
竜から八峰にかけての眺めがよいので小展望台の意味の「遠見」を
当てて大きいタワミを大遠見、小さいタワミを小遠見にしたのだそ
うです。実際、大遠見山はカクネ里から鹿島槍北壁登はんをねら
うクライマーや、また白岳沢から五竜東壁をねらう岩ヤさんたち
にはおなじみのところ。

カクネ里へ至る道は大遠見山山頂からちょっと下ったところに左
へ降りていく道があります。鹿島槍北壁や五龍岳東面の岩場は、
わが国でも1級といわれる岩場で、登はん中の遭難が多く、小遠
見山や地蔵の頭にある遭難碑はそのときのものだという。

さて地蔵ノ頭に着くと大きなケルンがあります。ケルンの中にある
お地蔵さんは風切地蔵とか風除け地蔵というそうです。このあたり
は、田植えのころになるとしばしば大風が吹き荒れ、地区の何軒も
の家の屋根が飛ばされ、その修理で手間をとられ、田植えどころで
はなかったという。

そんなことから1867年(慶応3)、長谷院(いまの白馬村神城飯森
の長谷寺)の19世逸乗和尚が風除けのために勧進したのがはじま
りだそうです。

ふもとの飯田地区の古老の話だと、大正から昭和の初めまで、毎
年5月の大風の記念日には村中が「農休み」にして、各家からこの
お地蔵さんに詣でるために登山、大風から村を守ってくれるよう、
祈祷師が護摩を焚いて祈ったという。

このほかに、となりの尾根の八方尾根八方池のほとりや、唐松岳北
方の天狗平天狗池畔にも風切地蔵があります。これらの地蔵はとも
に延命地蔵で、全部が1867年(慶応3)の建立、造り、寸法、材
質、手法も同じだというのです。このことについては地元にも記録
が残っておらず、また語りつがれてもいないという。

その他に天狗尾根にも「天狗風切地蔵」といわれる石仏があり、鹿
島槍ヶ岳をバックにして東方を向いて建っています。『北アルプス
白馬連峰 その歴史と民俗』(長沢武著)によれば、「天狗風切地蔵」
には明治15(1882)年、石工賢三、沢渡郷中と刻まれ、建立の趣
旨はやはり大風から村を守るために祀られたものだと山麓白馬村沢
渡地区に語り継がれているそうです。

同書には「明治11(1878)年旧暦2月4日夜には七之丞の11軒の
6軒の住屋が大風で倒れた。明治13(1880)年旧4月晦日夜にも
大風が吹き、村中に大被害が起こり、やっと伸びだした麻も全滅し、
蒔き直しをしている。明治15(1882)年の旧2月14日夜も大風が
吹き、家々に大被害がでている。石工の賢三は佐野区扇屋の人で御
岳行者でもあった」と記されています。

さて、いまスキーヤーに親しまれている、ここ白馬岳山麓のスキ
ー場は大正の末期ごろからできはじめたという。1930年(昭和5)
には「鷹が入」にスキー場とスキー小屋が造られたという(いま
の白馬五竜スキー場)。

1930年(昭和5)国鉄大糸線も神城まで開通してスキー客は年々
増え、その後スキー小屋が建設され、地蔵の頭付近が当時はじま
った山岳スキーの適地としてクローズアップされ、遠見尾根は全
国に知られるようになりました。

ちなみに、いまは進入禁止になっている小遠見山から尾根に入り
天狗岳を下る「五竜遠見トレッキングコース」は、昭和54年(197
9)につくられたもので、ミニ縦走が楽しめる日帰りコースとあっ
て人気があったそうです。

▼大遠見山・小遠見山・地蔵ノ頭・天狗岳【データ】
【所在地】
・長野県大町市と白馬村との境。JR大糸線神城駅の西4キロ。
大糸線神城駅からバス五竜とおみ下車、テレキャビンアルプスだい
らえきから30分で地蔵ノ頭。さらに2時間で小遠見山。さらに2
時間で大遠見山。天狗岳への天狗尾根は現在進入禁止。小遠見山
には写真測量による標高点(2007m)と遭難慰霊碑がある。大遠
見山には三等三角点がある。

【位置】
・地蔵ノ頭(標高点1673m):北緯36度39分35.5秒、東経137
度48分37.8秒
・小遠見山(標高点2007m):北緯36度39分6.8秒、東経137度47
分53.4秒
・大遠見山(三等三角点2106.3m):北緯36度39分20.5秒、東経
137度46分51.3秒
・天狗岳(標高点1940m):北緯36度38分45.6秒、東経137度48
分15.2秒

【地図】
・3山とも:旧2万5千分1地形図名: 神城(高山1号-3)

【参考文献】
・「北アルプス白馬連峰 その歴史と民俗」長沢武(郷土出版社)1986
年(昭和61)
・「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「旅と伝説」三元社(昭和17年2月号)「山と地形のことば・2」
高橋文太郎:『旅と伝説 民俗学資料集成・29』(岩崎美術社)1978
年(昭和53)収納

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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