山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼894号 八ヶ岳・富士山との背比べと天狗たち

【前文】
富士山と八ヶ岳との背比べの話。こんな類話もあります。競争の途中で八
ヶ岳の頭が折れてしまいました。口惜しがる八ヶ岳。そこへ鞍馬山から天
狗がやってきて、いたく同情。小天狗に赤岳に社を建てさせ、折れた頭
を山腹に鎮座、美しの森としました。大天狗・小天狗たちは岩になって赤
岳近くで見守っているという。
・長野県の諏訪地域と佐久地域と山梨県との境。
(本文は下記にあります)

▼894号 八ヶ岳・富士山との背比べと天狗たち


【本文】

 八ヶ岳は、標高2000m以上の山々が、南端の編笠山から北端の蓼科

山まで25キロにおよぶ連山(『山梨県の地名』)。かつては、八ヶ岳とい

えば権現岳を中心とした地域で、「八ヶ岳大神」、「赤岳大神」と刻まれた

別々の石塔があるように信仰的側面ではいまの赤岳とは独立した関係だ

ったといいます。



 八ヶ岳の中心が赤岳へ移っていくのは明治末期ごろとされているそう

です。ご存じ赤岳は山肌が赤褐色をしているのがその名の由来。その

南、天狗尾根には大天狗、小天狗という奇岩峰もならんでいます。



 さて山梨県の甲府盆地からながめた時、南東にそびえる富士山、それ

とは反対側の北西にある八ヶ岳。北西は死霊のおもむく地ともされていま

す。山の形も優れず、人々は昔からどうしても富士山に対して八ヶ岳に

は、陰・負のイメージを持っていたようです。



 江戸後期の文献『甲斐叢記(かいそうき)』でも、富士山を美しい「花

開耶姫(このはなさくやひめ)」にたとえ、一方八ヶ岳は醜い「磐長姫(い

わながひめ)」にたとえています。八ヶ岳にも修験がいたにもかかわらず、

地方霊山の尊称も得られず、南麓一帯の信仰圏にとどまっていたのはこ

んなことに原因があるのかも知れません。



 山の背比べ伝説もその一つです。富士山と八ヶ岳が高さ競べをした

時、八ヶ岳から富士山へ樋(とい)をかけ、水を流したら富士山の方へ流

れました。負けた富士山はおこって八ヶ岳の頭を樋で打ったうえ、横腹を

蹴り上げました。そのため八ヶ岳の峰はいくつにも分かれてしまったという

話が平安末期の(『伊呂波字類抄・いろはじるいしょう』)にあります。



 これは結構知られた伝説ですが、こんな話も残っています。大昔、あち

こちの地面に音もなくしわが寄りはじめました。そしてしわは見るみる盛り

上がり、煙と火と泥が吹き出してどんどんと高くなっていき、山が生まれま

した。こうして生まれた山々の中で、目立って高いのが富士山と八ヶ岳で

した。



 そのうち、どちらともなく背の高さを自慢し競争をはじめました。先に生

まれた八ヶ岳はさすがにどんどん高くなっていきました。富士山も負けず

に伸びています。八ヶ岳はこの辺で差をつけてやれとばかり、「グイ」と背

伸びをしました。



 そのとたん、頭の方が3分の1ばかりポッキリと折れてしまいました。折

れた八ヶ岳の頭からは新しくいくつもの頭が出てきましたが、高くはなりま

せんでした。八ヶ岳はくやしくて毎日泣いていました。8つの頭の両方の

目、計16もの目から涙を滝のようにあふれ出ています。



 この騒ぎを聞いて京都の鞍馬山から大天狗が飛んできました。事情を

聞いた天狗は八ヶ岳に同情しました。そして小天狗に申しつけて赤岳の

頂上に社を建てたそうです。折れた八ヶ岳の頭は南東の山腹に丁重に

鎮座させ、斎(いつき)祭らしめたといいます。



 この森を斎(いつく)しの森と呼びました。この森は、のちに美しの森と

いうようになったそうです。一方、大天狗・小天狗たちは同情のあまり岩に

なり、赤岳の南で大天狗・小天狗という2つの岩になっていまも見守って

います(『日本伝説大系5・南関東』)。そうか、八ヶ岳の天狗は京都鞍馬

山系の天狗だったんだ。



 また富士山からみて、甲斐駒ヶ岳と八ヶ岳とどちらが高いかを争ったと

ころ、甲斐駒の方が高かったため、甲斐駒の神が八ヶ岳をたたいたら8つ

に分かれてしまったという伝説もあります。当時の神はねたんだり悔しが

ったり、人間くさくて愉快です。それにしても民衆は、まわりの風景で壮大

な想像をするものですね。




▼八ヶ岳【データ】
【所在地】
・長野県の諏訪地域と佐久地域と山梨県との境。
【地図】
・2万5千分の1地形図「八ヶ岳西部(甲府9)」
▼【参考】
・『角川日本地名大辞典19・山梨県』磯貝正義ほか編(角川書店)1984
年(昭和59)
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)1990
年(平成2)
・『信州の伝説』(日本の伝説3)浅川欽一ほか(角川書店)1976年(昭和
51)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本伝説大系5・南関東』(千葉・埼玉・東京・神奈川・山梨)宮田登ほ
か(みずうみ書房)1986年(昭和61)
・『日本歴史地名大系20・長野県の地名』(平凡社)1979年(昭和54)
・『山の伝説』日本アルプス編(青木純二)(丁未出版)1930年(昭和5)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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