山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼893号 北アルプス・小蓮華山と風切地蔵

小蓮華山の大日如来像は「風切地蔵」とも呼ぶそうです。小蓮華山
頂と、ふもとの落倉集落の風切地蔵、そして柄山(からやま)峠の
風切地蔵は東へ向かって一直線。これは冬至の「日の出」と夏至の
「日の入」にぴったりと符合。結界を形づくり、昔からこのライン
の南には「魔」が入らないと伝えられています。
(本文は下記にあります)

【本文】

新潟県糸魚川市方面から白馬岳方面を見ると、谷奥深く雪をいだ
いた峰々がまるで白いハスの花弁に見えるそうです。そこで越後
側ではこの周辺の山を蓮華岳と呼び、大蓮華(白馬岳)のとなり
の小さい山を小蓮華と呼んだそうです。

その小蓮華山(2763.37m)が2006年(平成18)に山頂部が大崩落。
頂上は3m沈下し以前とは風景が一変しているという。山頂にまつ
ってあった祠も転落しました。また祠と対になっていた鉄剣と、風
化で首がなくなった大日如来像も危うく崩落に巻き込まれるところ
だったそうです。

登山者たちが決まったように、白馬岳を見ながら鉄剣と大日如来の
そばで小休止したあの風景も、いまはもう見られないのですね。こ
の大日如来像は、天正2年(1574)にふもとの長野県小谷村源長寺の
開祖である洞光和尚が山頂に安置したといいます。

その像が後に行方不明になったため、別に像を彫って同じ場所にま
つったとされています。この像に由来して、小蓮華山は大日岳とも
呼ばれてきました。この大日如来像は、「風切地蔵」とも呼ばれて
います。

この石像とふもとの白馬村落倉集落の同じく風切地蔵、そしてかつ
ての善光寺街道の柄山(からやま)峠(1338m・長野県白馬村と
鬼無里村との境)のこれも同じ風切地蔵と不思議なことに南東へ向
かって一直線に結ばれているのです。

この方向は冬至の「日の出」と夏至の「日の入」にぴったり符合し、
昔から結界を形づくっていて、昔からこの風切地蔵のラインの南に
「魔」が入らないように機能してきたと伝えられているそうです。

山麓にはこんな話が伝わっています。むかし白馬村の落倉が見渡せ
る「塩の道」に、石の地蔵さまが建っていました。その近くに「み
よ」という女の子の家がありました。みよは、地蔵さまに花を供え
ながら「あど、三ツ寝りゃ、父チャが帰る。おらへのお土産、なん
だべか」などと話しかけます。みよの父は冬の間は町の酒屋へ酒造
りに行って働いているのです。

みよはおばばから地蔵さまの話をよく聞かされました。「この地蔵
さまは風切地蔵といってナ、「岳おろし」の風をしずめてくれるあ
りがてえお地蔵さまだ。柄山峠の地蔵様と小蓮華岳の地蔵様の三体
で力を合わせなさるってこんだ」。雪どけのころ吹く突風(岳おろ
し)は「平川おろし」とか、「白馬おろし」と呼ばれ、村の人たち
を恐れさせていました。

強い風で屋根の「かや」がめくれてしまいます。急いで屋根に上が
ってナワで止めねばなりません。「父チャが帰るまで強い風が吹か
ないよう、お地蔵さま、お守りくださいまし」。おばばは雪どけの
ころになると地蔵さまに祈るのでした。

きょうは1929年(昭和4)4月21日、父チャが帰ってくる前日の
朝のこと。西の山がすっぽり厚い雲におおわれ、向かいのおじじも
「岳おろし」がくるかと心配しています。案の定、みるみる風が強
くなり、裏山がゴーゴーと鳴りはじめ、家の雨戸がいまにも外れそ
うです。

おばばは怖がるみよを連れて土蔵へ入りました。「どうか地蔵さま、
風をしずめてください」ふたりは一生懸命祈りました。二人の願い
が通じたのか午後になると風がやんできました。しかし被害は甚大
で、新田地区では何軒もの家がつぶれて、大木は根元からたおされ
たといいます。

八方地区の蚕の篭がはるか青鬼地区まで飛んでいったという。神城
地区では13軒もの家がこわれたもいいます。 岳おろしの被害を聞
きつけ父チャがあわてて帰ってきました。

そして家も家族も無事だったのを喜び、これは地蔵さまのおかげだ
と、翌朝3人で地蔵さまにお礼をいいに行ったのでした。落倉地区
では父チャたちが集まって大風のあと片づけをしながら話し合いま
した。

「ここは大した被害もなく、けが人も出なかった。きっと地蔵さま
のお陰だで。みんなで地蔵さまのお祭りをやっちゃどうだろ」。す
るととなりの切久保地区や、栂池地区の人たちも大賛成。お地蔵さ
まのまわりの草を刈り、台座もきちんと据えグラグラだった首もつ
けなおされ、赤い前掛けや帽子もつけられました。

そして小谷村の千国の源長寺の坊さまにお経をあげてもらったので
した。こうして落倉の地蔵祭りがはじまりました。いまでは「落倉
の風切地蔵」は、白馬地方や小谷方面などの人たちに親しまれてい
ます。(白馬村の昔話)

▼小蓮華山【データ】
【所在地】
・長野県北安曇郡小谷村と新潟県糸魚川市との境。JR大糸線白
馬駅からバス、栂池高原から歩いて4時間30分で小蓮華山(崩壊
後の新最高地点標高2766m・新三等三角点 2763.37m)(2008年10
月1日国土地理院暫定値)。現在山頂へは立ち入り禁止。崩壊後も
山頂に大日如来の石像と鉄剣がある。新三角点設置後も地形図に
は山名と標高のみ記載。付近に何も記載なし。

【位置】(暫定値)
・新三角点:北緯36度46分25.62秒、東経137度46分33.55秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「白馬岳(富山)」
※2008年(平成20)10月9日付け朝日新聞によると、2007年夏
に小蓮華山山頂付近で崩壊が確認された。この崩壊で最高点が3m
低くなったうえ、倒れた三角点の標注を安定した地盤に埋め戻した
ため、その場所が最高点より2.5m下になったので計5.5m低くな
りそうという。

【参考文献】
・「北アルプス白馬連峰 その歴史と民俗」長沢武(郷土出版社)198
6年(昭和61)
・「角川日本地名大辞典15・新潟県」(角川書店)1991年(平成3)
・「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)

ゆ-もぁイラスト・駄画師(漫画)
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とよだ 時(とよた 時)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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