山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼873号 「丹沢・鍋割山のナベワリ」

▼丹沢・鍋割山のナベワリ

【本文】
丹沢塔ノ岳の南西に鍋割山(1272.5m)という山があります。山頂
には三等三角点と鍋割山荘があり、小広く明るいカヤトにおおわれ
ています。南西には富士山が大きくそびえ、ハイカーでいつもにぎ
やかです。

山頂から南にのびる尾根は、昔はふもとの集落寄(やどろぎ)村(い
まは足柄上郡松田町寄(やどりき)地区)の萱場(かやば)だった
そうです。下から一の萱、二の萱となり、山頂が三の萱になるとと
いう。

昔の家はほとんどが茅葺きで、カヤは屋根の葺き替えになくてはな
らないもの。村人がみんなで協力してこの萱場を守ってきたという。
その萱場もいまはスギやヒノキの植林地に変わってきています。

さて、鍋割山の山名については、いくつかの説があります。(1:
この山の地形が鍋の割れ目にそっくりだからという(加藤英夫の
説)。(2:北側を流れる鍋割沢から由来。(3:毒草のナベワリ(ビ
ャクブ科ナベワリ属の多年草・なめると舌が割れる)からの名。あ
たりにこの毒草がたくさん生えるため(「角川日本地名大辞典・神
奈川」)。

またナベワリとは、アセビのこと(古田喜久治・愛甲の民俗学者中
村某)という説もあります。しかしこの説に対して丹沢の植物を研
究している城川四郎は、埴生上考えられないといっているそうです。

一方、古書での山名の記載ですが、江戸幕府官撰の相模国に関する
地誌『新編相模国風土記稿』(1841年・天保12)には、弥勒寺村(い
まの松田町)や三廻部村(いまの秦野市)の項に「三ノ茅」の名で
出てきます。

下って、1875年(明治8)、明治政府が全国地誌編輯例規を公布し
た時の『皇室地誌』(神奈川県は明治18、19年に完成)の玄倉村誌
の項に「黒孫仏、卯20度。塔ヶ岳の頂より西へ下る180間の尾上(マ
マ、尾根上のことか?)。字(あざ)ナベワリにあり云々」(「尊仏
2号」から)とあります。となればナベワリとは、かつて塔ノ岳の
西側にあった尊仏岩のあたりのことになります。

上記(2の鍋割山の名の由来もとである鍋割沢が、尊仏の土平あた
りで鍋割山方面から別れ、塔ノ岳方面に突き上げているのになぜ鍋
割沢というのか不思議でした。しかし、塔ノ岳西側、尊仏岩があっ
たあたりが「ナベワリ」と呼ばれていたなら、「ナベワリ」から流
れだす沢が鍋割沢なのは納得できます。

鍋割沢について名前の由来にはそのほか、ナベは岩がならぶ意味で、
ワリは「ワリィ」で悪沢と同じ意味との坂本光雄説(「丹沢の山と
渓谷」など丹沢の研究者)。また、ナベは沢床の平骨な岩の上を水
が流れていく言葉・ナメ(滑)のなまったもの。鍋割はそのナメが
割れている状態。

そのほか、沢の入口の地形が鍋の割れ目に似ているから(古老の話)
などの説があります。また鍋割の鍋は一戸の家の意味で、昔、鍋や
鍵の数で割って租税高を決めたことによるとの説もあります(『日
本山岳ルーツ大辞典』)


▼【データ】
【異名・由来】
・異名:三ノ萱(かや)
・由来:鍋が割れたような地形とか、北側にある鍋割沢からきたと
いう説。鍋割沢は露岩が多い。そんな所をナベといい、歩きにくい
悪(ワリ)い沢。ナベワリ(ビャクプ科)という毒草に由来すると
いう説、このあたり多かったアセビ(ツツジ科)の木をこの地方で
はナベワリと呼んだという説。

【所在地】
・神奈川県秦野市と同県足柄上郡山北町・同県同郡松田町との境。
小田急小田原線渋沢駅の北西11キロ。小田急渋沢駅からバス大倉
終点下車・さらに歩いて3時間半で鍋割山。三等三角点(1272.5m)
と鍋割山荘がある。地形図上には山名と三角点記号とその標高と山
荘のみ記載。三角点より西方向直線約1250mに鍋割峠がある。

【位置】
・【三等三角点】北緯35度26分37.73秒、東経139度08分29.07秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」

【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』(角川書店)1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「尊仏2号」栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年
・『丹沢記』吉田喜久治(岳(ヌプリ)書房)1983年(昭和58)
・『丹沢・山ものがたり』とよた 時(山と渓谷社)1991年(平成3)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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