山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼861号 「南ア・摩利支天の不思議な天狗」

【本文】
南アルプスの最北端にそびえる甲斐駒ヶ岳(甲斐駒ヶ岳・標高2967
m)。明治12(1879年)地元発行の木版の「甲斐駒ヶ岳之略図」に
は、甲斐駒ヶ岳の山頂に大己貴命(おおなむちのみこと)が、摩利
支天に手力男命(たぢからおのみこと)、そして黒戸尾根黒戸山に
猿田彦命(さるだひこのみこと)が鎮座(ちんざ)するとあります
(『角川日本地名大辞典p395』)。摩利支天は甲斐駒ヶ岳山頂から東
南に孤立した岩峰です。

仏像はおおまかに、如来と菩薩、それに天部、明王、さらに羅漢(ら
かん)の5つに分けられますが、摩利支天 はその天部に属する仏
像だそうです。あらゆる障害を除き、利益を与えるとともに、日本
では武士の守り本尊になっています。摩利支天はいつも日天に従い、
自在の通力を有する女神だといいます。

しかし山頂東南側の絶壁は、女神とは思われぬ荒々しさです。頂上
に壊れた像と、摩利支天を象徴する鉄剣を祀っているのがその名の
起こりだという。こんな山に天狗が棲(す)み、時々山麓に現れる
という。

こんな話があります。あるふもとの山小屋に木こりが住んでいまし
た。そこに大男がたずねてきて「おれは天狗だが、毎日木の実ばか
り喰っている。たまには米の飯を食ってみたい」といいました。

木こりは「それなら喰うといい」といって米の飯をごちそうしまし
た。大男は、米の飯をうまそうに食べました。そしてその礼として
鳥を手づかみにしてもってきてくれたという。そして「世話になっ
たが、急用で岩手県の早池峰山(はやちねさん・1913.6m)に行っ
て来る」といってヒラヒラ飛んでいきました。

この男は、頭巾(ずきん)と一本歯の高下駄(げた)を置いていき
ました。頭巾は大男がいつも頭にかぶっていたもの。黒の布で作り、
12のひだがあり、お互いに結びとめてあります。しかし驚いたこ
とに頭巾には十六弁の菊の紋章(天皇家の紋章)がついていたとい
うことです。

またこんな話も残っています。ある農家の娘が外風呂(家の外にあ
る風呂)に入っていました。ところが突然の激しい夕立が降ってき
ました。あわてる娘。父親が大声で叫けびました。「だれか手を貸
してくれ。風呂桶(おけ)を家の土間に運ぶんだ」。

すると「承知した」といって大男が現れ、お膳でも運ぶように風呂
桶を軽々と家の土間に入れてしまいました。そして大男は、一本歯
の高下駄(げた)で宙に浮かぶようにヒラヒラしながら出ていきま
した。人々はあれは摩利支天に棲む天狗に違いないと噂しあったと
いうことです。(『アルプスの伝説』ナカザワから)

▼摩利支天【データ】
山名:まりしてん

・【所在地】
・山梨県北杜市(旧北巨摩郡白州町)。中央本線穴山駅の西16q。
JR中央本線甲府駅からバス、広河原乗り換え北沢峠、歩いて4時
間20分で摩利支天。付近に何もなし。地形図上には山名とその標
高ともに記載なし。付近に何も記載なし。

【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
・【摩利支天】緯度経度:北緯35度45分16.29秒、東経138度14
分21.59秒

【地図】
・2万5千分の1地形図:「甲斐駒ヶ岳(甲府)」。5万分の1地形図
「甲府−市野瀬」

【参考文献】
・『アルプスの伝説』山田野利天著(株・ナガザワ)発行年不明
・『コンサイス日本山名辞典』徳久珠雄編(三省堂)1979年(昭和54)
・「信州百名山」清水栄一著(桐原書店)1990年(平成2)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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