▼高山植物・佐々成政とクロユリ

【前文】
富山の佐々成政は、北政所にクロユリを献上しました。しかし、そ
れがきっかげで九州肥後へ失脚。さらに、赴任先の一揆の責任をと
らされ、秀吉に切腹を命じられてしまったのです。こうして佐々家
は滅亡してしまいました。これは、不義密通のぬれぎぬで、成政に
殺された腰元早百合の呪いのせいだいう話です。
・ユリ科バイモ属の多年草

▼854号　「高山植物・佐々成政とクロユリ」

【本文】
今は昔の戦国の世。豊臣秀吉の機嫌を損ねた富山の殿さま佐々成政
は、秀吉との仲を取り成してもらおうと、秀吉の正室北政所（ねね
・高台院）に、立山（北アルプス）に咲くクロユリを献上しました。

これは珍しい花だと、北政所は一輪の花を銀の花入れに活けて、大
茶会を開いてご満悦です。この北政所とはり合っていた側室の淀君
（ちゃちゃ）もこの茶会に同席していました。

淀君は、自分には持ってこないのをねたみました。悔しがった淀君
は、数日後、白山（北陸）からクロユリをどっさりと取りよせ、あ
ちこち、廊下の竹筒にこともなげに活けました。

そして花供養を催すといって、北の政所を招待します。秀吉夫妻が
きてみると、雑草などと混ざって、いかにも安っぽくならんでいる
ではありませんか。

北の政所は顔色を変えました。「オノレ、佐々成政。こんないやし
い花を幻の花と偽り、よくもわらわに恥をかかせたな」（参考書に
よっては北の政所と淀君が逆になっている）。

この北政所の怒りが、佐々成政を失脚に追いこみました。その年の
閏（うるう）５月14日、成政は、失脚先の九州肥後で起こった一
揆は「成政の政道よろしからず」として切腹を命じられてしまいま
す。

そこで成政の脳裏には、３年前の腰元早百合の言葉がよぎります。
生死をかけて厳冬の立山越えをして家康に会い、富山城にもどって
きた佐々成政を待っていたのは留守中、ちょう愛していた腰元早百
合と、立山越えの時、病気のため同行しなかった竹沢熊四郎（参考
書によっては小姓岡島金一郎との説もある）との間の不義密通のう
わさです。

早百合のお腹の子は成政の子ではないというのです。これは、成政
の寵愛を一身に受けている早百合をねたんだ他の愛妾たちの讒言
（ざんげん）だったのです。

ところが、竹沢を疑っていた成政が、早百合の閨（ねや）の戸口で、
竹沢のものだという小錦（しょうきん）燧袋（ひうちぶくろ）を拾
ったのです。

成政は密通間違いなし。逆上した成政には、ことの真相を確かめる
余裕はありませんでした。竹沢熊四郎を庭に引き出し、抜き打ちに
惨殺します。

さらに、早百合の長い黒髪を左手で巻き上げ、神通川の河原の一本
榎（柳の枝とするものも）につり下げました。そして早百合の親兄
弟、一族18人もろとも、獄門にしたというのです。

早百合は死ぬ前に「おのれ成政、怨恨は悪鬼となり、汝が子孫を殺
し尽くし家名断絶せすむべし…」。こうして愛妾だった早百合のい
うとおり、佐々家は滅亡してしまったということです。

その後も早百合の怨霊は、神通川の河原の一本榎にとどまっていて、
雨や風の激しい夜は、女の生首をさげた鬼になって彷徨ったという。
また「早百合、早百合…」と唱えながら、この木の下を７周すると、
早百合の亡霊があらわれたそうです。

実際に、明治のころまでは怪しい火の玉が磯部の堤にあらわれたそ
うで、早百合の「ぶらり火」とも呼ばれたそうです。

結局、不義密通のうわさをふれ回ったほかの愛妾たちも、自分の首
を絞める結果になってしまいました。

この伝説に出てくるようにクロユリも高山植物。花は黒味のある濃
い紫色の褐色で、一時はやった「黒百合は恋の花ァ……」の歌とは
ほど遠いもの。形はユリに似ていますが小さく下向きに咲き、あま
り目立ちません。

匂いもユリのように快くなく悪臭があります。形は広いつり鐘形で
直系２、３センチ。花弁は６個、７〜８月が花期。クロユリは茎の
高さ20センチ。葉は刃針に似た披針刑。数個ずつ輪の形に茎につ
く輪生です。本州中部以北の高山帯草原に分布。

北海道の海岸のものは染色体が三倍体の36とかで花が大きく花つ
きもよく、昔から鱗茎をゆでて混ぜご飯にしたり、乾かして不時の
食料にしたとか。花言葉は恋、呪いだそうです。
・ユリ科バイモ属の多年草

▼【参考文献】
・「植物と伝説」松田修編（明文堂） 1935年（昭和10）
・「植物の世界・10」（朝日新聞社）1996年（平成８）
・「立山の昔話」監修・遠藤和子（立山黒部貫光株式会社）発行年
不明
・『日本伝説大系６・北陸』（富山・石川・福井）福田晃ほか（みず
うみ書房）1987年（昭和62）
・『牧野新日本植物図鑑』牧野富太郎（北隆館）1974年（昭和49）