山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼849号 「八ヶ岳と富士山とでえらん坊」

大昔、八ヶ岳は富士山より高かったという。ある時八ヶ岳の女神と
富士山の開耶姫の姉妹が判定を阿弥陀さまに頼み背比べをした。と
ころが富士山が負けてしまった。口惜しがった開耶姫は八ヶ岳を蹴
飛ばした。すると八ヶ岳は砕けて八つの峰になってしまったという
から、開耶姫の足も大したものだ。
・長野県茅野市と同県諏訪郡富士見町、同県南佐久郡南牧村と山梨
県北杜市大泉町(旧北巨摩郡大泉村)、同県北杜市高根町(旧北巨
摩郡高根町)との境
【本文】は下記にあります。

▼849号 「八ヶ岳と富士山とでえらん坊」

【本文】
八ヶ岳は夏沢峠を境にして南の八ヶ岳と北八ヶ岳とに分けて呼んで
います。しかしふつう八ヶ岳というと南の八ヶ岳のことだそうです。
その名はおおよそ八つの峰があるからだという。

江戸天明年間(1781〜1789年)に成立した萩原元克編の『甲斐名
勝志』にも「此山西は信濃国諏訪郡、北は佐久郡なり、嶺(みね)
分かれて八有故に八ヶ嶽と云(いう)」とあります。

それは主峰赤岳(2899m)から見て、北にある横岳と硫黄岳、西方
に阿弥陀岳、南に権現岳、西岳、編笠山、峰の松目(または北八ツ
の天狗岳)の八つなのだそうです。

赤岳は酸化した山肌が赤褐色をしているためその名がついたいう。
分かりやすいね。しかし、赤に神がかった字や音を感じてつけられ
た山名だとの説もあります。

赤岳は山頂が南北に分かれており、南頂に「赤岳山神社」の奥宮が
鎮座しています。奥宮といっても、小さな石祠と赤岳山神社文字の
「赤」の字の部分が欠落した石碑だけ。

赤岳神社の里宮・茅野市中道(なかみち)の赤岳神社は、安永5年
(1776)の建立。赤岳開山直明(じきみょう)行者の碑があります。
またもうひとつの里宮は同市の槻木(つきのき)にあります。開山
は作明(さくみょう)という行者で、その碑には寛政年間(1789
〜1801)に、行者が国常立命(くにとこたちのみこと)を赤岳神
社にまつったという。

八ヶ岳の神は富士山の木花開耶姫(このはなさくやひめ)のお姉さ
ん磐長姫(いわながひめ)という女神。大昔、八ヶ岳は富士山より
高かったという。ある時八ヶ岳の女神と富士山の女神開耶姫の姉妹
が背比べをしたそうです。判定を阿弥陀さまに頼み、思いっきり背
を伸ばして比べました。

阿弥陀さまがふたつの山の間に樋をかけて水を流してみました。水
は低い方の富士山側に流れていきます。口惜しがった開耶姫は八ヶ
岳を蹴飛ばしました。すると八ヶ岳は砕けてしまい八つの峰になっ
てしまったというから、開耶姫の足も大したものです。

ただ蹴飛ばしたのではなく棒で叩いたという説もあります。また争
ったのは女神同士ではなく、富士山の浅間神社と八ヶ岳の権現社の
男神だったとも伝えています。でっかい話ですね。

赤岳周辺もかつては山岳修験者の霊場だったそうです。赤岳から北
への稜線の岩峰には「大同心」、「小同心」、「奥の院」、「石尊(しゃ
くそん)」、「二十三夜」など山岳霊場の名残の地名がならんでいま
す。

その稜線の北方に中山峠というところがあります。その昔、長野県
浅間山には富士山に腰掛けるという大男「でえらん坊」がすんでい
たという。でえらん坊は南方にそびえる八ヶ岳をいつも気になって
いました。

ある日、とうとう八ヶ岳を自分のものにしようとノッシノッシと攻
めてきました。八ヶ岳の女神・磐長姫ひとりではちょっと手に負え
る相手ではありません。

そこで妹の富士山の神・木花開耶姫に応援を頼み、中山峠ででえら
ん坊を迎え撃ちます。でえらん坊は、大太法師・ダイダラ坊・デー
デッポー・デーダンボウなどと呼ばれ、各地でも名高い伝説の大男。
磐長姫・開耶姫の姉妹神が一緒になってもなかなか勝負がつきませ
ん。

力の限り戦った結果、なんとかでえらん坊を追い払うことができま
したが、八ヶ岳の神も傷を負ってしまいました。その傷からは血が
したたり落ちていきます。すると地面に落ちた血にあとに黒いユリ
の花が咲いたのです。戦場だった中山峠のすぐ近くに黒百合平があ
ります。そこに咲くクロユリは磐長姫の血から生まれた花なのだと
いう。

また中山峠から東へ1時間30分ほど下ったところにあるミドリ池
には、全裸の美女に化けて男を惑わせ、池の中に引きずり込む妖怪
がすむという。この妖怪はこの池の主の女郎蜘蛛。

もとは浅間山麓の雲場(くもば)の池にすんでいましたが、暴れん
坊のでえらん坊に追い払われ逃げてきて、ミドリ池にすみついたの
だということです。このほか、北八ツにある白駒池や双子山の南麓
にある双子池にも興味ある伝説があります。

▼赤岳【データ】
【山名・地名】・赤岳(あかだけ)。山肌が酸化して赤褐色をして
いるからだとも、赤に神がかった発音や色を見いだし、主峰とし
ての貫禄にふさわしい感じがあるからだともいわれています。

【所在地】
・長野県茅野市と長野県諏訪郡富士見町、長野県南佐久郡南牧村
と山梨県北杜市大泉町(旧北巨摩郡大泉村)、山梨県北杜市高根町
(旧北巨摩郡高根町)との境。中央本線茅野駅の東20キロ。JR
中央本線茅野駅からバス、美濃戸から歩いて4時間30分で赤岳(山
頂に南峰と北峰がある)。南峰に一等三角点(2899.2m)と赤岳神
社の石祠と神道関係の大祠、北峰に赤岳頂上小屋がある。地形図
に山名と三角点の標高と赤岳頂上小屋の記載あり。

【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第61番選定):日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(60番選定)
・山梨県選定「山梨百名山」(1 番選定)
・清水栄一選定「信州百名山」(第20番選定)

【位置】
・【三角点】緯度経度:北緯35度58分15.01秒、東経138度22分
12.19秒秒(電子国土ポータルWebシステムから検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「八ヶ岳西部(甲府)」or「八ヶ岳東部(甲
府)」(2図葉名と重なる)。5万分の1地形図「甲府−八ヶ岳」

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典20・長野」(角川書店)1991年(平成3)
・「角川日本地名大辞典19・山梨」(角川書店)1991年(平成3)
・「信州山岳百科・2」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「信州百名山」清水栄一(桐原書店)1990年(平成2)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本歴史地名大系・長野」(平凡社)1987年(昭和62)
・「日本歴史地名大系・山梨」(平凡社)1995年(平成7)
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河出書房新社)2004年
(平成16)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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