とよだ 時・山のゆ-もぁ-と(イラスト)
山旅漫歩゚
【ひとり画通信】

▼836号 「北ア・いままさに飛び立たんとす鷲羽岳」

【概略】
裏銀座を縦走。岩苔乗越を通り、ワリモ岳へ取りつく岩肌をへつ
る狭い道。眼前に一段とそびえる鷲羽岳がまるで大鷲が羽を広げ
たよう。いままさに羽ばたかんとす鷲羽岳。槍ヶ岳を右に見なが
ら、ねらいは燕岳か、有明山か。それとも中房温泉で一風呂とし
ゃれ込むつもりか。
・長野県大町市と富山市との境

▼836号 「北ア・いままさに飛び立たんとす鷲羽岳」

【本文】
北アルプスに鷲羽岳(2924.2m)という山があります。

鷲羽岳の名前は、山がまるで大鷲が羽ばたいているようだからと
か、山腹の残雪と岩のおりなす模様が鷲の羽のように見える(西
側の黒部川の対岸にある太郎兵衛平や薬師岳の方角から眺めた時)
からだという説もあります。

裏銀座通りを縦走します。野口五郎岳から水晶小屋、さらに雲ノ
平方面への岩苔乗越を通り、岩肌をへつる狭い道、ちょっと緊張
しながらワリモ岳に取りつきます。

眼前に一段とそびえる鷲羽岳がまるで大鷲が羽を広げたよう。い
ままさに羽ばたかんとす鷲羽岳。槍ヶ岳を右に見ながら、ねらいは
燕岳か、有明山か。それとも中房温泉で一風呂としゃれ込むつもり
か。

やがて360度展望の鷲羽岳山頂です。この壮大な眺めもひとりじめ
です。大正期の登山家・植物学者の辻村伊助一行が、1909年(明
治42)7月、嘉門次を案内人にしての槍ヶ岳から烏帽子岳への縦
走しました。

その記録「飛騨山脈の縦走」の第4日紀行に「午前9時、鷲羽の
嶺頭は我らを迎えた。

山と呼ぶ山はことごとく四方に、此処はその渦巻の中心に位して、
眼を遮るものは少しも無い、しかも方尺を超える山のうねりの間
に、独り鷲羽は他を見下ろす程に威張って居ないから、あらゆる
山岳は威厳を疵つけられずに、此の周りを取り囲んでいる。

今来た路をはるばるとふり返れば…」と雄大な周囲の展望を長々
と綴り、「一時間は山嶺に経ってしまった」と述べています。

ところがこの山の名は最初は鷲羽岳ではなかったというのです。
そもそも越中側でいう鷲羽岳とはこの山の南東にそびえるいまの
三俣蓮華岳を中心にした周りの山々の総称だったらしいというの
です。

江戸時代、越中富山藩主が自分の領内である黒部川源流の山々を
調査させて作った1697(元禄10)年の奥山廻りの記録に「鷲ノ羽
ヶ岳」と書かれてあり、これが鷲羽岳の文字の最初の記録だそう
です。

江戸時代後期の1808(文化5)年ごろから鷲羽岳と呼んでいる山
々の東側にそびえる壮大な峰をとくに「東鷲羽岳」と呼んで独立
させます。残った鷲羽岳は当然ながらいまの三俣蓮華岳です。

また鷲羽岳の南側にある鷲羽池を龍池ということから、東鷲羽岳
といわずに龍池ヶ岳とする地図もあらわれます。

さらに東鷲羽岳・西鷲羽岳と分ける地図も出て混乱していたとい
う。また明治以後、信州側の案内人の説明から登山者が誤解しさ
らに混乱します。

しかし、1915年(大正4)の陸地測量部の地図や、1932年(昭和
7)の富山県公刊の地図には、まだ富山、長野、岐阜の3県堺の
山(いまの三俣蓮華岳)を鷲羽山の名で記載していたという。

これに対して日本山岳会では三俣蓮華岳と称すべきだと頑強に主
張、一大山名論争を巻き起こしたという。これに窮した結果、東
を鷲羽岳、西を鷲羽岳(三俣蓮華岳)とする、なおまぎらわしい
地図まで刊行されるしまつ。

1941年(昭和16)、山岳史研究家の中島正文はこの問題を整理「二
つの鷲羽岳」という一文を発表したこともあったそうです。

また南東中腹にある標高2740mあたりに小さな池「鷲羽池」があ
ります。

1907年(明治40)、鷲羽岳に登った長野中学校教諭だった志村烏
嶺は鷲羽池について「南峰眼下に、一小湖水を発見す、こは全く
一噴火口なり、……鷲羽の噴火口、恐らく何人に耳にも新しき事
実なるべし」と記しています。

この池の水面には槍ヶ岳が姿を映します。深田久弥も「日本百名
山」のなかで「槍を望むところは方々にあるが、ここほど気品高
く美しく見える場所は希だろう。

その遙かな岩の穂がこの池まで影を落としに来る」と記述してい
ます。ここも最高の槍ヶ岳展望場所になっています。

★鷲羽岳【データ】
【山名】
・【異名、由来】:江戸時代は越中、信濃、飛騨の三国境の山(三
俣蓮華)を中心にまわりの山々の総称だった。

【所在地】
・長野県大町市と富山県富山市旧大山町各地区名(旧上新川郡大
山町)との境。JR大糸線信濃大町駅からタクシー・高瀬ダムか
ら歩いて延べ12時間で鷲羽岳。三等三角点(2924.2m)がある。
地形図に山名と標高が記載。

【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第53番選定):日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる。
・清水栄一選定「信州百名山」(第59番選定)

【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
・【三角点】緯度経度:北緯36度24分10.92秒、東経137度36分18.8
8秒

【基準点閲覧】国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」で検索
・基準点:(基準点コード:TR35437447801)(点名:中俣)(冠字
選点番号:坐 23)(種別等級:三等三角点)(成果状態:正常)
(測地系:世界測地系)(緯度経度:緯度 36°24′10.7874、経度
137°36′18.8863)(標高:標高2924.19m)(現況状態:露出 19
860815)(所在地:富山県富山市大字有峰字黒部谷割1)(点の記
図閲覧:×)

・【点の記】
・閲覧不可

【地図】
・2万5千分の1地形図「三俣蓮華岳(高山)」。5万分の1地形図
「高山−槍ヶ岳」

【山行】
・8日目:1994(平成6)年8月12日(金・快晴)鷲羽岳探訪:今
回の山行:1994(平成6)年8月6日(土)〜15日(月)「東京駅、岐
阜駅、高山駅、新穂高温泉、笠ヶ岳、双六岳、黒部五郎岳、三俣蓮
華岳、鷲羽岳、水晶岳、黒部源流、新穂高温泉、ロープウエイ、西
穂山荘、高山駅、岐阜駅、東京駅」

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「富山県山名録」橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・「日本百名山」深田久弥(新潮文庫・新潮社)1979年(昭和54)
・「日本歴史地名大系16・富山県の地名」(平凡社)1994年(平成
6)
・「飛騨山脈の縦走」辻村伊助(「日本山岳風土記・1」(宝文館)1960
年(昭和35)所収

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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