とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼833号 「雲上の楽園・雲ノ平の奥スイス庭園」

【概略】
雲ノ平は信州側の呼び方だというからちょっと驚く。コロナ無人観
測所のそばを通り、奥スイス庭園、苗代ノ原、詩ノ原、高天原峠を
通り高天原へのコース。お花畑の中、露岩と池塘の配置が美しい。
眼前の薬師岳が大きい。その見事さにしばらく立ち止まった。
・富山県富山市

▼833号 「雲上の楽園・雲ノ平の奥スイス庭園」

【本文】
かつて雲上の楽園ともいわれた黒部川源流の溶岩台地・雲ノ平。黒
部川の最上流部が三方を取り巻いています。別名奥ノ平。

ここは南東にある祖父岳付近にあった火山から溶岩流によって形成
されたといわれる面積23万平方m高層湿原。谷に面しては急な崖で
すが山のほとんどは緩やかな傾斜面が広がってハイマツで覆われい
ます。

台地面は東西に長く高山植物あふれるの別天地です。ハイマツの中
に安山岩、池塘、お花畑がほどよく点在し、「日本庭園」、「スイス
庭園」、「アルプス庭園」、「アラスカ庭園」などと呼ぶ自然の広場が
になっています。

ところが、雲ノ平の名は信州側の名だというから分からないもので
す。そもそもこのあたりは越中(富山県)の領域にもかかわらず、
昔は猟や木材伐採に信州(長野県)の人たちが入ることが多かった
らしく、雲ノ平や祖父岳の名前は信州側の呼び方だといいます。

そらがどうして正式名称になったかというと、どうやら明治時代、
登山者が信州側の猟師の案内で入山し、東京に帰って雑誌などに信
州側の呼び方で紹介し、それがそのまま5万分の1地形図の測量で
地図に載ってしまったのが原因らしい。

雲ノ平のその名はそのまま標高2500m〜2700mと標高が高く、雲の
上にある台地のようなのでついた名だという。

江戸後期の加賀藩奥山廻役の古地図「奥山御境目筋等畧絵図」(中
島正文収集・県立図書館蔵)では大中原(おおなかはら)の名で記
載されているそうです。

なお、日本山岳会の小島烏水は明治43年(1910)、高頭仁兵衛らと
信州上高地の嘉門次を案内人として信州方面から登山、水晶岳(黒
岳)から雲ノ平に入り紀行文を残しています。

ある年の夏、雲ノ平山荘の手前から右(北)のハイマツのの中の道
に入ります。テント場へテントを張りっぱなしにして高天原の温泉
に贅沢入浴に向かいます。

コロナ無人観測所のそばを通り、奥スイス庭園、苗代ノ原、詩ノ原、
高天原峠を通り高天原へのコース。お花畑の中、露岩と池塘の配置
が美しい。眼前の薬師岳が大きい。その見事さにしばらく立ち止ま
りました。

★【データ】
山名:雲ノ平奥スイス庭園(くものだいら)

・【異名・由来】奥ノ平(おくのだいら)。大中原(おおなかはら)
標高が高く、雲の上にある台地のようなのでついた名

・【所在地】
富山県富山市旧大山町各地区名(旧上新川郡大山町)。JR大糸線
信濃大町からタクシー・高瀬ダムから歩いて延べ14時間30分で雲ノ
平奥スイス庭園。付近に何もなし。地形図上になにも記載なし。付
近に何も記載なし。

・【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索

【奥スイス庭園】緯度経度:北緯36度25分46秒、東経137度34
分24秒周辺
・【地図】
旧2万5千分の1地形図「薬師岳(高山)」

・【山行】
第4日目2008年(平成20)7月30日(水・晴れ):2008年(平成20)
7月27日(日)〜8月4日(月)「松本駅・新穂高温泉・わさび平
・双六小屋・三俣山荘・雲ノ平(泊)・高天原往復・三俣山荘・双
六小屋・わさび平・新穂高温泉・ロープウエイ・西穂高山荘・焼岳
・上高地小梨平テント場・新島々駅・松本駅」:「雲ノ平・高天原・
焼岳」家内(助手役)と同行

【参考文献】
アルペンガイド4「立山・剱・雲ノ平」(山と渓谷社)1984年(昭
和59)
「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)19
79年(昭和54)
「富山県山名録」橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
「日本大百科全書・7」(小学館)1986年(昭和61)
「日本歴史地名大系16・富山県の地名」(平凡社)1994年(平成6)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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