とよだ 時・山旅漫歩゚民俗画
山の伝承【ひとり画通信】

▼822号 「北ア槍ヶ岳へつづく喜作新道」

【概略】
長野県側中房温泉から燕岳、大天井岳、西岳から槍ヶ岳へ真っ直ぐ
のびる喜作新道(東鎌尾根)。アルプス表銀座コースとして大勢の
登山者が訪れる。その名のように地元の猟師小林喜作が開拓した道。
この新道を記念してレリーフもあり、毎年秋に「喜作祭り」の記念
山行も行われている。
・長野県大町市、長野県松本市と岐阜県高山市との境(ただし標高
点は長野県)

▼822号 「北ア槍ヶ岳へつづく喜作新道」

【本文】
槍・穂高といえば 北アルプスを象徴する言葉になっています。文
字どおり天を突くような槍ヶ岳の姿はやはり登山者の人気の的で
す。夏になると槍の穂先へは行列が続き、きまって山頂の祠をバッ
クにカメラにおさまっています。

この槍ヶ岳の山名も、江戸時代から明治、大正にかけては金偏の
「鎗」の字が大分使われたそうです。

しかし明治から大正時代の植物学者で信濃山岳会副会長だった河野
齢蔵という人が「鎗には武器のヤリという意義はない。全然別の意
義であるから槍だけに限るべき」と主張。以来「槍」の字だけが使
われるようになったといういきさつもあったということです。

槍沢には高山蝶のヤリガタケシジミも見られるそうです。槍ヶ岳の
大きな穂先はやはり「大槍」と呼ばれています。

その昔、茨城県と福島県境にある八溝山(1022m)の八狹大蛇(八
岐大蛇・やまたのおろち)が暴れまくって困っていました。あまり
の凶暴さに誰も手も足も出なかったといいます。

そんな時、那須の国造(くにのみやっこ)が槍ヶ岳の天の日矛(あ
めのひぼこ)と、立山から天広盾(あめひろたて)を借りて、甲斐
駒ヶ岳の名馬・天津速駒(あまつはやこま)に、乗鞍岳の天安鞍(あ
めやすくら)という鞍をつけて乗り、やっと退治できたという伝説
があります。

なるほど槍ヶ岳の穂先をつけた「大槍」を持って、甲斐駒ヶ岳の神
馬に乗って闘われた八岐の大蛇といえどもお手上げです。

山頂の北西の突起は小槍で、歌にも「小槍のうーえでアルペンおど
りをさァおどりましょ…」と「アルプス一万尺」で歌われるところ。
そのほか孫槍・曾孫槍の尖峰もありますから愉快ですね。

その「アルプス一万尺」は、原曲をヤンキードゥードゥル(Yankee
Doodle)といい、アメリカ独立戦争時の愛国歌だったという。ドゥ
ードゥルはまぬけというような意味で、もともとはイギリス軍が植
民地軍を馬鹿にした歌だったといいます。

それが逆に植民地軍の愛国歌になったのでそうです。「アルプス一
万尺」の歌詞は全部で29番まであるというからすごいですね。

槍ヶ岳から西穂高岳、奥穂高岳など穂高をひとめぐり、上高地へ縦
走しています。それ以外にもさまざまな替え歌があります。

2,3紹介しますと「槍はムコ殿 穂高はヨメご 中でリンキの 
焼が岳」。「槍と穂高を 番兵において お花畑で 花を摘む」とか
「槍と穂高を 番兵に立てて 鹿島めがけて キジを撃つ」などと
いうものまであります(「音の世界史」山川出版社)。

ちなみに「アルペン踊り」というのは、手を振り上げる、ジャンプ
する、またスイスアルプス地方の民族舞踊などという説がいろいろ
あるようです。さらに自分自身で振りを創作し、小槍の上で本当に
踊った人もいるといいます。ホントカイナ。

長野県安曇野市中房温泉から燕岳、大天井岳、西岳から東鎌尾根経
由で槍ヶ岳へ真っ直ぐ登山道が延びているのが喜作新道です。アル
プス表銀座コースとして大勢の登山者が訪れます。

その名のように喜作という人が造った道です。喜作とは安曇野市穂
高牧集落出身の猟師小林喜作のことで、1922年(大正11)にこの
道を開拓、殺生小屋や西岳小屋を建てたという(「信州山岳百科1」)。

一説に、西岳小屋で小林喜作が登山客に夕食を出してから、中房経
由でふもとの自分の家まで下山し、用事を終わらせてから、宿泊客
が目を覚ます前に小屋に戻って朝食の準備したという逸話がありま
す。

その時の姿が、当時銀座ではやっていた草履(ぞうり)履(ば)き
に提灯(ちょうちん)をぶら下げるという、独特「銀ぶらの格好」
だったので、だれいうとなく銀座通りの名が定着したという。

喜作は1923年(大正12)3月、息子と一緒に後立山連峰に猟に出
かけ、爺ヶ岳裏の棒小屋沢で雪崩で死んだということです。この喜
作新道を記念して、大天井岳の周辺にレリーフがいくつか掲げてあ
り、毎年秋には「喜作祭り」の記念山行も行われているそうです。

★【データ】
【山名・地名】槍ヶ岳(やりがたけ)
・【異名、由来】:穂先の形による

・【所在地】
長野県大町市、長野県松本市安曇(旧南安曇郡安曇村)と岐阜県高
山市上宝町(旧同県吉城郡上宝村)との境(ただし標高点は長野県)。
篠ノ井線松本駅の北西35キロ。松本電鉄新島々駅からバス、上高地
から歩いて延べ10時間半で槍ヶ岳。写真測量による標高点(3180m)。
(二等三角点は亡失・地形図には記載なし)。地形図に山名と標高
点の標高のみ記載。

・【名山】
深田久弥選定「日本百名山」(第54番選定):日本二百名山、日本三
百名山にも含まれる。
岩崎元郎選定「新日本百名山」(第58番選定・長野県)
清水栄一選定「信州百名山」(第68 番選定)
田中澄江選定(1981年)「花の百名山」(第74選定)

・【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
【槍ヶ岳標高点】緯度経度:北緯36度20分31.08秒、東経137度38分
51.4秒
【槍ヶ岳二等三角点】:二等三角点は亡失・地形図に記載なし。

・【基準点閲覧】国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」で検索
基準点(三角点):(基準点コード TR25437450201)(点名:鎗ケ岳
(確認済み))(冠字選点番号 波 13)(種別等級:二等三角点)
(成果状態:成果状態 停止【亡失】)(測地系:項目なし)(緯度経
度:項目なし)(標高:項目なし)(現況状態:項目なし)(所在地
:項目なし)(点の記図:項目なし)。

・【点の記】
記載なし

・【地図】
2万5千分の1地形図「槍ヶ岳(高山)」。5万分の1地形図「高山
−槍ヶ岳」

・【山行】
第3日目:2002年(平成14)7月25日(木・晴れ):2002年(平
成14)7月23日(火)〜31日(水)「新宿バスターミナル・新穂
高温泉・槍ヶ岳・双六岳・新穂高温泉・ロープウエイ・西穂高岳・
焼岳・上高地・徳沢・蝶ヶ岳・三ツ股・キャンプ場・穂高駅・松本
駅・高尾駅」:「北アルプス縦走」渡辺・滝口さんと同行・上高地か
ら単独行

・【参考文献】
「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
「信州鎗嶽畧縁起」(「鎗嶽畧縁起」)(祐泉寺本):「山岳宗教史研究
叢書・17」(修験道史料集1・東日本編)五来重編(名著出版)1983
年(昭和58)
「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
「日本山岳風土記・1」(宝文館)1960年(昭和35)
「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
「日本歴史地名大系20・長野県の地名」一志茂樹ほか(平凡社)1990
年(平成2)
「日本歴史地名大系20・長野県の地名」一志茂樹ほか(平凡社)1990
年(平成2)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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