山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼819号 「長野県・修那羅山のひまわり蔵王権現」

【前文】
役ノ行者が吉野金峰山で感得した蔵王権現。庶民を救う悪魔降伏の
菩薩で各地にまつられています。石仏で有名な修那羅峠にも蔵王権
現があります。口をとがらせ、右足を上げ、剣を振り上げた姿はいか
にも親しみやすい。頭上を覆う火焔がいま盛りのひまわりに見えまし
た。
・長野県筑北村と青木村との堺。

▼819号 「長野県・修那羅山のひまわり蔵王権現」

【本文】
ふつう「蔵王」というと東北の蔵王連峰を思い浮かべます。しかし、
その元である蔵王権現は、奈良時代、修験道の祖・役ノ行者(えん
のぎょうじゃ)が、苦しむ人たちを救うにふさわしい神を求めて、
奈良県の吉野金峰山(きんぷせん)に籠もり、苦行のうちに感得し
た悪魔降伏(ごうぶく)の菩薩だそうです。金剛蔵王菩薩ともいう
そうです。

その像は一面三目の顔で、青黒色の憤怒相。怒髪天をつき、右手に
三鈷杵(さんこしょ)を高く振り上げてにぎり、左手は剣印(けん
いん)という印を結んで腰にあてています。

右足を踏み上げ、左足で岩の上に立っています。これは仏典には説
かれていない日本独自の神だそうです。ご利益は魔障除去、怨敵退
散、所願成就、商売繁盛、事業繁栄とされています。

蔵王権現の最初の記録は「今昔物語」(巻第十一、第三)で、「金峰
山(みたけ)の蔵王菩薩は、この優婆塞(うばそく)が祈った結果、
生じなさった菩薩である」とあります。ここではまだ「蔵王権現」
とはいっていません。

室町時代の「三国伝記」という本には、行者は岩屋のなかに座し「こ
の山の権現として、金峰鎮護の霊神となるべき端相をあらわし給え」
と祈ったところ、はじめに弥勒菩薩があらわれました。ですが行者
は気に入らず「この柔和で慈悲のお像では争いに叶うべきか」とさ
らに祈っていると、次に千手観音が湧出しました。

しかし「まだ足らない」とさらに祈り続けていると、今度は釈迦如
来があらわれました。役ノ行者は「このお像でも六種の魔境を退け、
後百歳の悪業深重の民衆に利益することは難しい」と思いました。

するとそこへ堅固不壊の金剛蔵王が姿をあらわしました。行者は今
度は「善なるかな」とその像を安置したといいます。

江戸時代の「役公懲業録(えんこうちょうごうろく)」には、最初
に弁天さまがあらわれましたが、行者は「女性で優しすぎる」と思
いさらに祈ると、天女は天河に去っていきました(これが奈良県天
川村の天河弁財天だそうです)。

次に地蔵菩薩が出現しました。「温和で厳しさがない。もっと荒々
しい仏が欲しい」と祈りました。菩薩は吉野の川上に去りました。
すると突然凄天地が振動して大地からこんどは蔵王権現が湧出しま
した。

その勢いは大きな峰も動かすほどでした。それは釈迦と観音と弥勒
が合体した像でした。行者は「偉大なるかな神の威徳」と大いに喜
び、その姿をサクラの木に彫ったという。

このように役ノ行者が感得した蔵王権現をまつったのが吉野の金峯
山寺蔵王堂で、いまでも蔵王権現三体がまつられ多くの人の信仰を
集めています。

これが平安時代以降密教が盛んになるにつれ全国に広がり、東北の
蔵王連峰や木曽御嶽山はじめ、日本各地の名山、霊山にまつられて
います。

奇抜な形の石仏と数の多さで有名な北信の修那羅峠。長野県上田市
の西方、青木村と坂井村の境にある峠。山頂近くに安宮神社があっ
て、裏山の細い道に沿って石神石仏が一列にズラッと五百体もなら
んでいます。

製作者は不明で、江戸時代末期から明治にかけての銘が彫られてあ
り、その姿は素朴な姿をしています。現地はカメラを持った人たち
であふれ、それぞれ、ニコニコしながら石仏たちに向かってシャッ
ターを押しています。

石仏を管理する安宮神社に記帳する参拝者だけで、年間5千人をく
だらないというから、実際にははるかにこれを上回るはずという。

そんな中にも蔵王権現が鎮座まします。ここの蔵王権現は口をとが
らせ、右足を上げ、剣を振り上げた姿はいかにも親しみやすい。頭
上を覆う火焔がいま盛りのヒマワリの花に見えました。

▼【参考文献】
「役行者伝記集成」銭谷武平(東方出版)1994年(平成6)
「今昔物語」:「日本古典文学全集24・今昔物語」(1〜4)馬淵和
夫ほか校注・訳(小学館)1995年(平成7)
「修験道の本」(学研)1993年(平成5)
「日本大百科全書・10」(小学館)1986年(昭和61)
「日本架空伝承人名事典」大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
4)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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