とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼803号「神奈川県・丹沢大山は雨降り山」

【前文】
丹沢の大山は雨降山といわれるくらい雨が多い。その昔、雷と一
緒に雷獣が落ちてきたという伝説があるのも納得です。江戸時代
の1765年(明和2)、猫よりは少し大きく、イタチによく似てい
て爪が5つあったと、当時の国語辞典に記されています。
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。

▼803号「神奈川県・丹沢大山は雨降り山」

【本文】
丹沢の山には仏果山(ぶつかさん)、経ヶ岳、木ノ又大日岳、行者
岳、不動ノ峰、権現山など、仏教にちなんだ名前が多いようです。
そういえば最高峰の蛭ヶ岳も、別名は薬師岳だし、塔ノ岳も仏尊山
の名もあります。

それもそのはずでかつてここは修験道の盛んな山域だったそうで
す。大山や日向薬師(ひなたやくし)に本拠のあった山伏たちは、
いまから1200年も前に表尾根道を開き、修験道入峰修行の場にし
ていたといわれます。

大山から表尾根をたどり、塔ノ岳にたどりついた山伏たちはさらに
奥へ、丹沢山から蛭ヶ岳へと進み、次々に名前をつけていったのだ
そうです。

さて、この大山は奈良時代後期の天平勝宝7年(755)、奈良東大寺
別当の良弁(ろうべん)というお坊さんが開山したといわれていま
す。良弁は奈良時代の華厳(かげん)・法相宗(ほっそうしゅう)
の学僧で、奈良市雑司町にある東大寺を開山した偉いお坊さんです。

幼い時に金色の鷲にさらわれ、のち成長して名僧になったという。
鷲にさらわれてから30数年間も探し歩いた母が風の便りで偉いお
坊さんになっていることを知り、東大寺に出かけましたが、相手は
高僧ですから面会も思うようにいきません。

そこで二月堂の大杉に事情を書いた札を立てておいたのを良弁の目
にとまり、やっと再会できたという、「良弁杉」の故事は有名です。

「大山寺縁起」(続群27下)によれば良弁が東国聖地巡礼の際、当
地の人たちが当山山頂から5色の光を発しているのを見て頂に登
り、不動明王の石像を得たことを聞き、山頂に至りて不動明王の出
現を感得、不動明王の石像を彫り、堂社49院を建立。

その後八大坊を開き当寺別当としたという(新編相模風土記稿)。
丹沢の大山(相模大山)の山頂には阿夫利(あふり)神社の本社が
あり、中腹にもその下社(しもしゃ)、また不動前には大山寺があ
ります。

大山寺はかつて大山寺は雨降山大山寺(うごうさんだいさんじ)と
いい、石尊社は大山寺の支配下にあって社務は一切仏式で行われて
いたそうです。

ところが明治維新の神仏分離の時、石尊社は神仏習合名である石尊
大権現の名をやめて大山寺から独立し、いまのような阿夫利神社に
改めたといいます。

廃仏棄釈は、江戸時代、幕府が儒学を奨励、ことに宋学を推したこ
とから神仏の関係は急変、仏教排斥の気運が高まり、やがて明治初
年の神仏分離令つながって仏像は壊され、お堂は焼かれ奈良時代か
ら伝わってきた文化財が焼失しました。

まるでどこかの文化大革命のようだったという。その陰に当時の神
道家の林羅山や平田篤胤・本居宣長などの陰謀があったともいわれ
ています。

さて、大山とは山頂にまつられている大山祇神(おおやまづみのか
み)・山ノ神の名からついた名前だそうです。相模地方にあるので
相模大山とも呼ばれています。

また雨降山、阿倍利山、阿夫利山などと書き、「あふり、あぶり」
と読んだりもします。その山名の由来についてはいくつかの説があ
ります。

まず、頂上にいつも雲がかかっていて、雨がよく降るからという説。
次にアイヌ語のアスプリ(偉大なる山という意味)が、なまってあ
ぶりやあふりになったとの説。

また、古代には「しかばね」を山に葬る(はふる=ほうむる)習慣
があったといい、「はふり山」に転じたという説もあります。

大山はまた相模の国御(くにみ)岳で、昔から農神、海神とされ、
信仰された山です。「国のみたまが、吾路山命(おおやまのみこと
・大山祇神)を生んだ」と地元の神話にあるそうです。

山頂の阿夫利神社はご神体が石であるため、昔は石尊社、石尊大権
現と呼ばれ、商売繁盛、豊作祈願、無病息災の神として関東一円か
ら信仰され、「大山まいり」は落語にも出てくるほどのブームを呼
んだという。

江戸時代の国語辞典「和訓栞」(わくんのしおり)谷川士清(たに
がわことすが1709~76)に、明和乙酉(2年、1765年)の7月に
相州雨降山(大山)に(雷獣が)落ちたるも猫よりは大きく、ほぼ
鼬(いたち)に似て色鼬より黒し、爪五つありて甚だたくまし、と
記載。昔ここに落雷の時あらわれ雷獣に似た獣が雷とともに落ちて
きたという不思議な話もあります(『日本未確認生物事典』)。

またこの山には相模坊(さがみぼう)という大天狗がいましたが平
安末期、香川県の白峰(しらみね)に山移りしてしまい、次いで鳥
取県の伯耆大山(ほうきだいせん・1729m)から別の天狗・伯耆
坊(ほうきぼう)が移住してきたというのです。

その伯耆坊のホコラがケーブル不動前駅の大山寺の左側わきに鎮
座、また阿夫利神社下社わきには伯耆坊の姿を彫った石碑もありま
す。ここには別の大天狗がもう1狗(天狗は1狗2狗と数える)い
ることになっています。

阿夫利山道(常)昭坊といい、平田篤胤が門人の下総の国柏井村の
中尾玄仲から聞いた話をその著「仙境異聞」に紹介したもの。「天
狗の研究」(知切光歳)によれば、内容は下総の国東葛飾郡新宿の
旅館の主人藤屋荘兵衛は熱心な大山信者だったという。

ある日の午後、急に思い立ちお参りに出発したが、2キロも行かな
いうち、「柿色の絹を着て髪長く、山伏の如き人の、凡人より眼大
きく、すさまじげなる」男が道ばたで待っていて、荘兵衛を背負い、
虚空を飛んで大山に運び、お詣りをすますと、また飛翔して出会っ
た場所におろしてくれ、近いうちにおまえの家に行くからといって
別れたという。

その後約束通り訪ねてきて荘兵衛と酒を酌み交わしながら5,6日
逗留して帰って行ったという。

滞在中に荘兵衛が記念のため何か書き残すよう頼んだところ「日向
国坂野上。常昭山人」と記し、田村氏と署名、それに常昭という法
号と出身地、田村という苗字までは分かり、話の中で大山にすんで
いるといっていたという。

この阿夫利山道昭坊天狗については、「仙境異聞」に書かれて以来、
島田幸安、宮地堅磐などが幽界で常昭を見たとかうわさを聞いたと
か書いているが、これはこうした平田篤胤一派の神道家以外、この
天狗のことをいう人は一人もいないとのだという。

さらに阿夫利神社の神職でさえ、常昭坊のことを全然知らないとい
うのですから困ったことになってしまいます。

▼大山【データ】
山名:おおやま・相模大山

・【異名・由来】
異名:雨降山・阿夫利山(あふりやま・あぶりやま)、国御山(く
にみやま)、大福山(だいふくさん)、如意山・阿倍利山

・【所在地】
神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。小田急小田原線伊勢原
駅の北6キロ。小田急伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅からケー
ブル利用下社駅下車、さらに歩いて1時間30分で丹沢大山。三等三
角点(1251.7m、現地確認)と写真測量による標高点(1252m・標
石はない)と阿夫利神社奥社と電波塔がある。地形図に山名と三角
点の標高、標高点の標高、阿夫利神社の建物の記号と電波塔の記号
の記載あり。

※「地図閲覧サービス」と「電子国土ポータルWebシステム」地形
図には三角点と標高点があるが、「基準点成果等閲覧サービス」地
形図には両方とも記入がない。

・【ご利益】
阿夫利神社:御利益:豊作祈願・無病息災・家内安全・防災招福・
商売繁盛などの祈願。とくに水に関係のある火消し・酒屋、またご
神体の刀に関係のある大工・石工・板前などの商売繁盛の祈願)。

・【名山】
「日本三百名山」(日本山岳会選定):第235番選定:日本百名山以
外に200山を加えたもの。
「花の百名山」(田中澄江選定・1981年):第47番選定

・【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
【大山標高点】緯度経度:北緯35度26分27.06秒、東経139度13分52.
3秒

【大山三角点】緯度経度:北緯35度26分26.72秒、東経139度13分52.
5秒

・【基準点閲覧】国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」で検索
現地の三角点は三等三角点と確認済み、
【?】:基準点サービスで点名「大山」は四等三角点。しかし移動
させると別の場所の三角点に移動してしまう。あるいは別の三角点
か?

【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」。5万分の1地形図「秦野
−東京」

・【参考文献】
「角川日本地名大辞典14・神奈川県」伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
「古代山岳信仰遺跡の研究」大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
「山岳宗教史研究叢書・8」(日光山と関東の修験道)宮田登・宮
本袈裟雄編(名著出版)1979年(昭和54)
「山岳宗教史研究叢書17・修験道史料集(T)」五木重編(名著出
版)1983年(昭和58)
「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
「図聚 天狗列伝・東日本編」知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
「天狗の研究」知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
「日本未確認生物事典」笠間良彦(柏美術出版)1994年(平成6)
「日本歴史地名大系14・神奈川県の地名」(平凡社)1984年(昭和59)
『和訓栞(わくんのしおり)大綱』(谷川士清(ことすが)著・尾
崎知光編 勉誠社文庫121 1984年)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

 

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