とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼777号 「秩父御岳山と木曽御嶽」

【概略】
秩父御岳山は江戸中期の修験者・普寛行者が開いた山。普寛は木曽
御嶽山の王滝口を開いた行者。そのためこの山も御岳山ですが、秩
父にあるため秩父御岳山。普寛行者は「御嶽教」の教祖でもあり、
腹痛の妙薬「木曽百草」の創始者でもあります。
・埼玉県秩父市と小鹿野町との境

▼777号 「秩父御岳山と木曽御嶽」

【本文】
▼山岳漫画はがき【ひとり画通信】777号(07年12月)
「秩父御岳山と木曽御嶽」
【本文】
埼玉県秩父にも御岳山があります。ここは江戸中期の修験者である
普寛(ふかん)行者によって開かれたとされています。普寛行者は、
木曽御嶽山の王滝口を開いた行者です。そのため、この山も御岳山
と名づけたのですが、秩父にあるため秩父御岳山(1081m)とも呼
んでいるそうです。

南ろくの秩父市(旧大滝村)落合集落には、行者を祭った普寛神社
があります。普寛行者は1731年(享保16)、この大滝村落合の木村
家に生まれたといいます。ここに普寛行者の詳しい経歴があるので
要約してみます。

幼名を木村好八丸といい、近くの三峰山に登り、剣道修行をしてい
ました。30歳の時、江戸に住んでいる伯父の法性院伯忍を頼って江
戸に行き、のち八丁堀同心である浅見家に婿入りし、浅見好八と名
のりました。

好八は普段、剣道を修行して町道場を開き、弟子たちを教えていま
したが、そのかたわら、伯父の伯忍の家に通い、経典やそのほかの
書物を借りて読んでいたという。

1764年(宝暦14)4月11日、好八は例月のように浅草観音や、上野
寛永寺などをまわったと帰途の途中霊感を受け、修験者になろうと
決心し、伯父の伯忍のもとで出家、修験道を習ったという。その辺
りがわれわれ凡人と違うところです。

そして再び故郷の三峰山へ帰り、日照僧正から天台密教を修行。奥
義を極めて、名前も正本山本明院普寛と改め、「日本六十余州」の
遍歴の旅に出かけたのでした。まず三峰山奥ノ院からはじめ、意波
羅山、武甲山、武尊山を開き、さらに越後の八海山も開きました。

1766年(明和3)、権大僧都(ごんのだいそうず・僧官のひとつ)
となり、1782年(天明2)、には伝燈大阿闍梨(でんどうだいあじゃ
り・真言密教最奥の阿闍梨位)になりました。伝燈とは、真言宗の
法脈伝えるということで、加行を終えた行者さんに伝法灌頂すると
いう難しいことらしい。

その16年の間に、三笠山、筑波山、羽黒山、戸隠山、立山、白山、
阿蘇山、国見岳、桜島など跋渉回行(ばっしょうかいぎょう)。そ
の行脚の途中、木曽御嶽(3067m・長野県と岐阜県の境)がまだ開
拓されていないことを聞き、ここを開こうと決意しました。

昔から木曾御嶽山に参る登山者は、ふもとで100日の精進潔斎をし
てから登る習わしです。また1161年(応保元)には、後白河上皇の
勅使も登山している由緒ある霊山です。

1792年(寛政4)の2月、木曾出身の木屋吉右衛門と、霊岸島の和
田屋孫八らの一行7人は江戸を出発しました。そして案内人である
地元の民与左衛門を先頭にして登山、1792年(寛政4)6月、つい
に御嶽山の王滝口を開くことができたのでした。

みな神に感謝し、頂上に祠を建てて、登拝者の安全と衆生済度を祈
願しました。帰り、黒沢口を開いた覚明行者の亡骸を発見し、黒沢
口九合目に埋葬して冥福を祈ったのでありました。

その後普寛行者は、江戸、武州、上州をまわり、加持祈祷や法話な
どをして、また故郷落合地区に「意波羅堂」を建立、1801年(享和
元)に入寂、行年71歳でありました。

遺骨は遺言により4つに分け、ひとつは、出身地の埼玉県秩父市大
滝(旧秩父郡大滝村)落合に、また木曾御嶽山に、さらに江戸吉祥
院に、入寂地の本庄と、行者の縁の深い各地に埋葬されたのでした
(『木食普寛霊神由緒』)。

御嶽山の王滝口の名は、生地の大滝村の名にちなんだものだそうで
す。普寛行者は、この木曽御嶽山を霊山とあがめる「御嶽教」の教
祖でもあり、高山植物のコマクサからつくった腹痛の妙薬「木曽百
草」の創始者でもあるそうです。

私の祖母も、御嶽教の信棒者でお参りのため、よく御嶽山に登って
いました。そして家では木曽百草は常備薬でした。「腹が痛てぇ」
といえば、すぐ「お百草、飲め」と真っ黒なかたまりを持ち出しま
す。

これがまた、胃腸がひっくり返るような苦い薬。「なおった、なお
った」と逃げ出したものでした。

▼秩父御岳山【データ】
山名:ちちぶおんたけさん

★【所在地】
埼玉県秩父市大滝(旧秩父郡大滝村)と同県秩父郡小鹿野町両神(旧
秩父郡両神村)との境。秩父鉄道三峰口駅の北西3キロ。秩父鉄道
三峰口からバス、落合から歩いて2時間で秩父御岳山。三等三角点
(1080.4m)と普寛神社の奥宮がある。地形図に山名と三角点の標
高と神社鳥居記載あり。付近に何も記載なし。

★【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
【秩父御岳山三等三角点】緯度経度:北緯35度57分59.63秒、東経1
38度56分33.5秒

★【基準点閲覧】国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」で検索
基準点(三角点):(基準点コード:TR35338775501)(点名:落合)
(冠字選点番号:坐 18)(種別等級:三等三角点)(基準点成果
状態:正常)(地形図:甲府−三峰)(測地系:世界測地系)(緯度
経度:緯度 35°57′59.6348、経度 138°56′33.5207)(標高:10
80.42m)(基準点現況状態:正常 20040617)(所在地:埼玉県秩父
市大字大滝字落合高畑ヶ4173番)(点の記図閲覧:可)

★【地図】
2万5千分の1地形図「三峰(甲府)」。5万分の1地形図「甲府−
三峰」

★【山行】
日帰り:1990年(平成2)年3月4日(日・雨)秩父御岳山探訪:「西
武池袋駅・西武秩父駅・落合・清めの滝・西武秩父駅・池袋駅」

★【参考】
・『奥秩父の伝説と史話』太田巌著(さきたま出版会)1983年(昭和
58)
・『角川日本地名大辞典11・埼玉県』小野文雄ほか編(角川書店)19
80年(昭和55)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
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