とよた 時・山のゆ-もぁ-と(イラスト)
山旅漫歩゚
【ひとり画通信】

▼739号 「奥秩父・黒金山−西沢渓谷間の石碑」

【概略】
奥秩父前衛乾徳山から黒金山経由で西沢渓谷へ抜ける途中、2021m
の標高点あたりに、「大山祇神」と刻まれた岩がある。岩のまわり
はシャクナゲの群落で、登山道をアーチ状に覆っている。満開の花
の下、気持ちが悪くなるほどの匂いにむせながら西沢渓谷へ向かっ
た。
・山梨県山梨市

▼739号 「奥秩父・黒金山−西沢渓谷間の石碑」

【本文】
奥秩父前衛の乾徳山から黒金山経由で西沢渓谷へ抜ける途中、2021
mの標高点あたりに、「大山祇神」と刻まれた岩があります。

これは麓の上釜口赤浦集落の大岳山那賀都神社の祭神の名。この神
は大山に住む意味の山の神で、各地の山の神の総元締めです。大岳
山とは北西にそびえる国師ヶ岳の別名で、古くから那賀都神社の奥
ノ院になっています。木曽の御嶽山、筑後の神岳山とともに「神代
の三岳山」のひとつ。

はじめは奥ノ院近くの岩窟(天狗尾根の天狗岩?)に祭られていま
したが、のち上釜口集落に引っ越し里宮としたという。

かつては商売繁盛と養蚕の神として庶民の信仰を集め、奥ノ院に登
拝したという。

そのルートは里宮から赤ノ浦川に入り、北西にのびる大岳参道(い
まはピーク1439mから先は廃道になっている)を途中で青笹川から
上がる、青笹新道に合わせ牛首ノタルに出て西沢渓谷奥の不動小屋
を経て、谷沿いに天狗尾根に向かった。いまのハイキングコースは
その参拝路を改修したものという。

大山祇神の石碑はこの参道沿いに、参詣の安全を祈って建立したも
のか、あるいは女人禁制で女性はここまでは許されたのだとも考え
られます。

那賀都神社の例祭は毎年4月の18日で、近郊から大勢の参拝者が参
集しました。大山祇神の石碑のまわりはシャクナゲの群落があり、
登山道をアーチ状に覆っています。

満開の花の下を気持ちが悪くなるほどの香りにむせながら西沢渓谷
へ向かいました。1984年(昭和59)の6月のことでした。

・黒金山【データ】
山名:くろがねやま

・【所在地】
山梨県山梨市三富(旧東山梨郡三富村)。中央本線塩山駅の北西15
キロ。JR中央本線塩山駅からバス、西沢渓谷入口から3時間45分
で黒金山。三等三角点(2231.6m)がある。そのほか付近に何もな
し。地形図上には山名と三角点の記号とその標高のみ記載。付近に
何も記載なし。

・【名山】
「山梨百名山」(山梨県選定):第16番選定

・【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
【黒金山三等三角点】緯度経度:北緯35度50分28.5861秒、東経138
度42分35.2212秒

・【基準点閲覧】国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」で検索
基準点(三角点):(基準点コード:TR35338650701)(点名:黒金)
(冠字選点番号:水 26)(種別等級:三等三角点)(基準点成果
状態:正常)(測地系:世界測地系)(緯度経度:緯度 35°50′28.
5861、経度 138°42′35.2212)(標高:2231.64m)(基準点現況状
態:報告なし 00000000)(所在地:記載なし)(点の記図閲覧:×)

・【点の記】国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」から検索
閲覧不可

・【地図】
2万5千分の1地形図「金峰山(甲府)」。5万分の1地形図「甲府
−金峰山」

・【山行】
第2日目:1984年(昭和59)6月10日(日)大山祇神石碑探訪:19
84年(昭和59)6月9(土)〜10日(日)「塩山駅・徳和・乾徳山・黒
金山・ピーク2021・西沢渓谷・塩山駅・高尾駅」:「乾徳山から西沢
渓谷」蔦井さんと同行

・【参考】
「日本歴史地名大系19・山梨県の地名」(平凡社)1995年(平成7)
「角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)1984
年(昭和59)
「アルパインガイド35・奥秩父大菩薩連嶺」山と渓谷社
「コンサイス日本地名事典」(三省堂)1979年(昭和54)
「日本の民俗・山梨」土橋里木ほか(第一法規出版)1977年(昭和52)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

 

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山旅イラスト通信【ひとり画展】
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