山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

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▼729号 「群馬県・至仏山とオゼソウ」

【概略】
至仏山のように蛇紋岩で覆われた山は栄養が乏しいという。だが、
この厳しさがほかの植物の侵入を許さないため、逆に高山植物の
宝庫になるという。尾瀬の名のついたオゼソウはここのほか谷川
岳、北海道の天塩(てしお)地方の蛇紋岩地帯に分布する特有種
だそうです。
・群馬県利根郡みなかみ町と片品村との境

▼729号 「群馬県・至仏山とオゼソウ」

【本文】
尾瀬の山・至仏山(しぶつさん・標高2228m)は、仏に至るとい
う有り難い山名から「百名山」完登の締めくくりに登る人が多いと
いう。

しかし実際は仏教に関係がなく、この山の北東から山ノ鼻に流れる
ムジナ沢の別名「渋っ沢」の転化したものという。

至仏山は幅約3キロ、南北の長さ7キロでほぼ楕円形の蛇紋岩の岩
体。蛇紋岩の山は栄養が乏しく、植物たちにとってあまりよい土壌
ではないという。だが、この厳しさがほかの植物の侵入を許さない
ため、逆に高山植物の宝庫になるというのです。

山ノ鼻から至仏山を目指します。1700mの森林限界を過ぎ、山頂ま
での中間点の碑を後にゴーロ、鎖場。やがて木道になり高天ヶ原の
標識。ホソバツヒナウスユキソウに混じってオゼソウ(尾瀬草)が
あらわれます。

1930(昭和5)年ここ産の標本をもとに新属新種ととして発表され
たのだそうです。翌年、北海道北部の天塩(てしお)地方からこの
属の2番目の腫が発見されテシオソウと名づけられました。

しかしテシオソウはオゼソウの生育がよいものにすぎないと確認、
同一種として扱われているそうです。群馬県谷川岳の蛇紋岩地帯に
分布しています。

テシオソウはユリ科。地下茎は1年間に9センチも伸びることもあ
り、また20年以上も枯れずに育つという丈夫さです。

梅雨の真っ最中の7月上旬、ガスで展望がききません。やっと滑り
やすい蛇紋岩から解放される木道の高天ヶ原につきました。おやつ
をほおばっているとまたどしゃ降りの雨が降り出してきました。

すれ違った登山者はまだ1人きりです。花にはまだ早いオゼソウの
若い花茎がこきざみにゆれていました。
・オゼソウ(ユリ科オゼソウ属の多年草)

▼【データ】至仏山(しぶつさん)
★【異名・由来】
・仏教の至仏による。大きな淵のあるところとする説もある。実際は
仏教と関係ない山。山名はムジナッ沢の別名「渋ッ沢」が転じて至
仏になった。「山の憶ひ出」小暮理太郎に「……この岩の色から狢
沢に渋ツ沢の一名があり、山名の至仏山はそれから導かれたもので
あろうとのことである」とある。

★【所在地】
群馬県利根郡みなかみ町(旧利根郡水上町)と群馬県利根郡片品村
との境。上越線沼田駅の北北東33キロ。新幹線上毛高原駅・上越線
沼田駅からバス戸倉乗り換え鳩待峠下車さらに歩いて2時間半で至
仏山。二等三角点(2228.1m)がある。ほか付近に何もなし。地形
図上には山名と三角点記号とその標高のみ記載。付近に何も記載な
し。

★【名山】
・『日本百名山』(深田久弥選定):第29番選定(日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる)
・『ぐんま百名山』(群馬県選定):第49番選定
・『花の百名山』(田中澄江選定・1981年):第32番選定

★【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
・至仏山三角点:北緯36度54分12.49秒、東経139度10分23.67秒

・【地図】
2万5千分の1地形図「至仏山(日光)」。

★【参考】
・『角川日本地名大辞典10・群馬県』井上定幸ほか編(角川書店)19
88年(昭和63)
・『関東百山」横山厚夫ほか(実業之日本社)1985年(昭和60)
・「植物の世界・9」(朝日新聞社)
・「植物の世界・10」(朝日新聞社)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『牧野新日本植物図鑑』牧野富太郎(北隆館)1974年(昭和49)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

 

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