とよた 時・山のゆ-もぁ-と(イラスト)
山旅漫歩゚
【ひとり画通信】

▼722号 「東北・鳥海山と安倍宗任」

【概略】
東北きっての秀麗な山・鳥海山の名は、鳥海弥三郎からきていると
いう説もある。弥三郎とは阿部貞任(さだとう)の弟で「前九年の
役」では兄とならんで阿部軍の指揮を執り、源頼義軍を悩ましまし
た安倍宗任(むねとう)のこと。平安時代このあたりは弥三郎の所
領地だったという。
・山形県遊佐町

▼722号 「東北・鳥海山と安倍宗任」

【本文】
東北の名山・鳥海山の名は火口湖である鳥海湖が語源であるとか、
山自体が鳥が左右に羽をを広げて日本海を見下ろす形からきている
ともいいます。

もう一つ鳥海弥三郎に関係するという説もあります。鳥海弥三郎は
安倍宗任(むねとう)。平安時代後期の陸奥の国の豪族。あの阿部
貞任(さだとう)の弟で「前九年の役」では兄とならんで阿部軍の
指揮を執り、源頼義軍を悩ましました。

安倍氏の全盛時、宗任の所領がこの方面にあったというのです。宮
城県の鳥海の浦という所が宗任の生誕地といい、鳥海弥三郎と称し
た所以だとされています。

その後安倍氏の発展に伴って北に移ります。岩手県磐井郡の鳥海、
胆沢郡の鳥海の柵、出羽地方(秋田・山形県)にも矢島方面には鳥
海山、相庭館附近に鳥の海、酒田市の泉竜寺の徳尼公廟(徳尼公は
藤原秀衡の母で阿部貞任の息女)などは鳥海氏には関係深い遺跡で
す。

このようなことから鳥海山は鳥海氏領内の山としてその名が生まれ
たのではないかという。山名ひとつにしてもなかなか奥深いもので
あります。

・【データ】鳥海山御本社(ちょうかいざん)
・【異名・由来】
山名は山峰がまるで鳥が左右の羽根を広げたようであり、その上日
本海を見下ろす山ということ(日本山岳ルーツ大辞典)

・【所在地】
・山形県飽海郡遊佐町。JR羽越本線象潟駅からバス、鉾立停留所
下車、さらに歩いて5時間で鳥海山御本社。そばに御室がある。地
形図に山名と大物忌(おおものいみ)神社と御室の文字の記載あり。
神社より北東322mに三角点がある。

・【ご利益】
大物忌(おおものいみ)神社奥宮:穀物の神、食料の神

・【名山】
「日本百名山」(深田久弥選定):第15番選定(日本二百名山、日本
三百名山にも含まれる)
「新日本百名山」(岩崎元郎選定):×選定外
「花の百名山」(田中澄江選定・1981年):第23 番
「新・花の百名山」(田中澄江選定・1995年):第24 番

・【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
【鳥海山御本社】緯度経度:北緯39度05分51.24秒、東経140度2分5
5.07秒

・【地図】
2万5千分の1地形図「鳥海山(新庄)」

・【山行】
第6日目:1984年(昭和59)8月4日(金・晴れ)鳥海山探訪:19
84年(昭和59)7月30日(日)〜8月5日(日)「上野駅・山形駅・小
朝日岳・大朝日岳・以東岳・大鳥池・酒田・月山・鳥海山・鉾立・
象潟駅・上野駅」:「朝日連峰・鳥海山・月山縦走」東京野歩路会


・【参考】
「日本歴史図鑑」蔵書(阿部貞任の図)
「日本歴史地名大系5・秋田県の地名」(平凡社)1980年(昭和55)
「古代山岳信仰遺跡の研究」大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
「日本伝奇伝説大事典」編者・乾勝己ほか(角川書店)1990年(平
成2)
「日本大百科全書・1」(小学館)1984年(昭和59)
「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
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