とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼700号 「富士山と徐福・不老長寿薬」

【概略】
不老長寿の薬は日本の蓬莱山というところにあるという。「仙薬を
探せ」。紀元前218年(秦の始皇帝28)、皇帝の命を受けた徐福の船
は日本に向けて出帆。海上から霊峰にふさわしい富士山を見つけて
登り探したが、おしくも途中で他界したという。不老不死の仙薬は
コケモモともいう。

▼700号 「富士山と徐福・不老長寿薬」

【本文】
不老長寿の薬草が東海の三神山にあるという。秦の始皇帝は仙術士
徐福に薬草を探よう命令しました。徐福は日ごろから始皇帝が美女
を集めての享楽三昧の姿を見て、この国家も長くはないと考えてい
ました。

そこで金銀財貨と一族千人を引き連れ東海の三神山に移り住む覚悟
で出帆しました。紀元前218年のことでした。船は東へ東へと進み
月日は過ぎていきます。

3年目、船上から雪をいただいた霊峰にふさわしい富士山を発見し
ました。あれは三神山の一つ蓬莱山に違いない。すぐに上陸しまし
たが霊峰は手前の山に隠れて見えません。

手分けして探すうち、その一組が富士山を見つけました。徐福は富
士山に登りあちこち仙薬を探しましたが、志なかばで他界してしま
ったという。

しかしその亡きがらは3羽の鶴となって舞いあがったと言い伝えま
す。仙薬の薬草はコケモモのことともされています。

室町時代、修行者角行がふもとの洞くつで千日修行のとき、猿が持
ってきたコケモモで力を得て大願成就したという伝説もあります。

コケモモは昔から薬種として珍重されていたそうです。ただ徐福の
上陸伝承地が全国各地にあるのはどうしたことでしょう。
・ツツジ科スノキ属の常緑小低木

・富士山頂【データ】
【山名・異名】
・富士山(ふじさん・ふじやま)、不尽、不二、布士、富慈、芙蓉
峰(ふようほう)、富岳などの呼び方がある。

【所在地】富士山頂
・山梨県富士吉田市、山梨県南都留郡鳴沢村と静岡県富士宮市、富
士市、御殿場市・静岡県駿東郡小山町との境だが八合目付近から上
部は富士山本宮浅間大社の「私有地」になっており、境界がはっき
りしていない。富士急行河口湖駅からバス、河口湖口五合目から5
時間30分で富士山頂。山頂剣ヶ峰に電子基準点(3777.39m)と二
等三角点(3775.63m)、白山岳に二等三角点(3756.36m)がある。
火口内に写真測量による標高点(3535m・標石はない)がある。

【ご利益】
・【浅間神社奥宮】:【浅間神社】安産・火災除け:【富士山本宮浅間
大社】五穀豊穣、湧水守護の神

【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第72番選定):日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(第69 番選定)
・山梨県選定「山梨百名山」(第100番選定)

【地図】
・2万5千分の1地形図「富士山(甲府)」。5万分の1地形図「甲
府−富士山」

【山行】
・第3日目:2000年(平成12)7月16日(日・雨のち晴れ)富士山探
訪:2000年(平成12)7月14日(金・晴れ)〜16日(日・雨のち晴れ)
「高尾駅・大月駅・富士吉田駅・原生林野宿・中ノ茶屋・五合目佐
藤小屋・経ヶ岳姥ヶ懐泊・霧と風のため八合目で引き返す・新五合
目・お中道・五合目佐藤小屋・中ノ茶屋・富士吉田駅・大月駅・高
尾駅」:「富士山原生林野宿夏山訓練」渡辺・滝口さんと同行

【参考】
・「日本山岳風土記・3」(富士とその周辺)(宝文館)1960年(昭
和35)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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