とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼649号 「南北朝大塔宮、吉野落ちゆかりの果無峠」

【概略】
かつて大塔宮護良親王吉野落ちの時「果てがない」と親王を嘆かせ
たという果無山脈。高野山と熊野本宮大社結ぶ参詣道に立ちはだか
り、行けども行けども果てなく山道が続くため「果無道」と呼んで
いたものが山脈名になったのだという。その峠が果無峠(果無越)。
山麓には「果無集落」もある。
・奈良県十津川村

▼649号 「南北朝大塔宮、吉野落ちゆかりの果無峠」

【本文】
紀伊半島の奈良県と和歌山県の境を東西に走る果無山脈(はてなし
さんみゃく)というとてつもない名の山があります。南北朝時代の
大塔宮護良親王(おおとうのみやもりながしんのう)吉野落ちの時
も「果てがない」と嘆かせたという山脈です。

高野山と熊野本宮大社を結ぶ参詣道(熊野古道・小辺路)に立ちは
だかり、行けども行けども果てなく山道が続くため「果無道」と呼
んでいたものが山脈名になったという。その峠が果無峠(果無越え)。

山麓には「果無」という名の集落(奈良県奈良県吉野郡十津川村)
もあります。峠への向かう石畳の道がコケが生えて古道の雰囲気を
漂わせています。

路傍には熊野側から1番、2番と三十三体の観音石仏が祭られ、果
無峠は第17番の十一面観音菩薩がまつられています。そばにつぶれ
てしまって、台座の上に屋根が乗っている宝篋印塔(ほうきょうい
んとう)の祠があるばかり。

ちょっとだけ開けた小平地「果無峠」は、熊野へ向かう小辺路(こ
へじ)道から直角西側・カヤノダン、安堵山(あんどやま)方面の
果無山脈縦走へいざなう道標が建っています。

一説には「はてなし」の名は、この山にすんでいたという怪物・一
本ダタラに由来しているともいわれます。一本ダタラは、一つ目一
本足の怪物で、目が血のようで、ハテノハツカ(十二月二十日)に
なると出没して峠を越える旅人を襲って食ったという。

そのためその日は人の往来がナシだった。果無山のハテナシはそこ
からきていると「山人の記・木の国果無山脈」(宇江敏勝著)にあ
ります。

・果無峠【データ】はてなしとうげ
【所在地】
・奈良県吉野郡十津川村。JR和歌山本線五条駅からバス3時間蕨
尾口バス停下車、歩いて3時間で果無峠。三十三体の観音石仏の第
17番の十一面観音菩薩がある。地形図に峠名、標高ともに記載なし。
登山道の三叉路のみ。

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【果無峠】緯度経度:北緯33度54分36.07秒、東経135度44分41.15


【地図】
・2万5千分の1地形図「発心門(田辺)」or「伏拝(田辺)」(2図
葉名と重なる)

【山行】
第7日:2004年4月6日(火・晴れ)果無峠探訪:2004年(平成16)
3月31日(水)〜4月9日(金)「京都駅・吉野・青根ヶ峰・蜻蛉の
滝・大滝バス停・大和上市駅・吉野口駅乗り換え・五条駅乗り換え
・極楽橋駅・高野山奥ノ院・薄峠・熊野古道小辺路・萱小屋跡・五
百瀬・十津川温泉・熊野ワクワクの郷キャンプ場・熊野大社・新宮
駅・那智の滝・新宮駅・名古屋駅」:「吉野・金峰山・蜻蛉の滝・高
野山・小辺路・熊野神宮・那智の滝縦走」家内と同行

【参考】
・「山びとの記」木の国果無山脈(宇江敏勝)(中公新書)1980年(昭
和55)
・「民間信仰辞典」桜井徳太郎(東京堂出版)1984年(昭和59)
・「日本伝説大系・9」保仙純鋼ほか(みずうみ書房)1984年(昭
和59)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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