とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト【ひとり画通信】(ひとり画展)

▼630号「北ア・燕岳合戦小屋の鬼臼」

【概略】
合戦小屋には鬼の顔を掘った臼。坂上田村麻呂が退治した魏石鬼だ
という。大和朝廷とっては鬼でも地元にとっては自分たちの王。そ
う簡単に他からの侵略者に魂を売りません。いまでも魏石鬼やその
手下とされる常念坊はしたたかに人々の心の中で生きている。
・長野県安曇野市

▼630号「北ア・燕岳合戦小屋の鬼臼」

【本文】
燕岳から続く合戦尾根東側には合戦沢があり、有明山に住んでいた
魏石鬼(ぎしき・八面大王)が、坂上田村麻呂に退治されたところ
と伝えます。

この大王の魔力が強く、苦戦する田村麻呂は栗尾村の満願寺に祈願
します。すると、山鳥の「三十三節」ある尾羽の矢を用いよと仏様
のお告げがありました。

その山鳥の矢を献上したのが矢村の矢助という男。父親を魏石鬼に
殺された矢助は、甲子(きのえね)の年の甲子の月、甲子の刻生ま
れだという。

矢助はある時山鳥を助け、その化身の嫁をめとりました。3年後、
田村麻呂の話を聞いた若者は、妻が差し出す「三十三節」ある山鳥
の尾を献上しました。

その尾で作った矢を使い、大王を退治できた田村麻呂は、若者に矢
助の名を与え一生の生活を保障する恩賞を与えたという。しかし翌
日から妻の姿が消えてしまいました。

「三十三節の尾羽」は妻の尾だったという。「日本伝説集」では、
矢助は地元の有明村(いまの穂高町)に住む老人になっていて、「三
十三節の矢」は、やはり以前助けた山鳥に貰ったものだという説を
紹介(『日本伝説大系第七集』)しています。

燕岳は中学校の集団登山の山。毎年夏になると賑やかな行列が続い
ています。大王と田村麻呂の合戦ばなしは、合戦小屋の立て札にも
掲げられ、いつまでも語られていくでしょう。

・合戦小屋【データ】
【所在地】
・長野県安曇野市穂高(旧南安曇郡穂高町)。JR大糸線からタク
シー、中房温泉から歩いて3時間で合戦小屋。地形図に合戦小屋の
文字のみ記載。付近に何も記載なし。

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【合戦小屋】緯度経度:北緯36度23分36.96秒、東経137度43分36.
96秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「槍ヶ岳(高山)」

【山行】
・第8日目:1997年(平成9)8月17日(日・快晴)合戦小屋探訪
:1997年(平成9)8月10日(日)〜18日(月)「新宿駅・大糸線信濃
大町駅・扇沢・針ノ木峠・針ノ木谷・平ノ渡し・奥黒部ヒュッテ・
赤牛岳・水晶岳・雲ノ平・黒部源流・三俣山荘・三俣蓮華岳・双六
岳・槍ヶ岳・西岳・大天井岳・燕岳・合戦尾根・中房温泉−有明駅
・松本駅・新宿駅」:「北アルプス針ノ木谷・奥黒部ヒュッテ・雲ノ
平・槍ヶ岳・表銀座縦走」単独行

【参考】
・「新編日本の民話14・長野県」(未来社)1985年(昭和60)
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・「日本伝説大系・7」(中部:長野・静岡・愛知・岐阜)岡部由文
ほか(みずうみ書房)1982年(昭和57)
・「日本の民話・10」(信州・越中編)(未来社)
・「日本歴史地名大系20・長野県の地名」(平凡社)1979年(昭和54)
・『柳田国男全集・6』(ちくま文庫・全32巻)筑摩書店

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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