とよだ 時・山のゆ-もぁ-と(イラスト)
山旅漫歩゚【ひとり画通信】

▼549号 「中央線・滝子山と為朝」

【前文】
滝子山直下の鎮西ヶ池は鎮西八郎為朝にちなんだ所という。保元の
乱で破れ伊豆大島に流された為朝がひそかにやってきて住んだ所と
いう。また、為朝が九州にいたときの妻・白縫姫とその子為若が為
朝を慕ってここに住んでいたという説もある。
・山梨県大月市

▼549号 「中央線・滝子山と為朝」

【本文】
山梨県の大菩薩峠から、南に延びる小金沢連嶺の最南端・滝子山。
JR中央本線初狩駅付近にまで近づいています。滝子山(1590m)は
3つのピークをもち、三峰が連立しているので三ツ丸の名もあるそ
うです。

北側直下には、鎮西ヶ池もあります。鎮西とは平安末期の武将・鎮
西八郎源為朝(ちんぜいはちろうみなもとのためとも)のことだと
いいます。

為朝は保元(ほうげん)の乱(1156年(保元1)京都で起こった内
乱)で、父の為義に従い崇徳上皇方として参戦しました。

しかし、後白河天皇方の夜討ちにあい破れ、肩を抜かれて伊豆大島
に流罪にななりました。

その為朝がその後伊豆に上陸してひそかにここまでやってきたとい
うのです。また、為朝がかつて九州に追われれていたときの妻・白
縫姫(しらぬいひめ)とその子・為若が為朝を慕って訪ねてきて、
ここに住んでいたという説もあります。

鎮西池付近には生活物資を運んだといういわれのある「米背負の
辻」、「御馬冷やし場」、「菜畑」などの地名も残っています。東麓の
山梨県大月市大月町真木恵能野(えのうの)に為朝の末裔といわれ
る家があり、為朝大神の祠に白縫姫や為若を祭っておられるという。

土地の人は滝子山を鎮西ヶ山と呼び、為朝にちなむ故事も伝えてい
ます。のち、鎮西ヶ池から白縫姫か、その侍女のものらしい古鏡が
出てきて大騒ぎになりました。

この鏡は干ばつの時、雨乞いをする道具にしたといいます。「歴史
は昔鎌倉の 保元の乱に負い追われ 逃れし人ぞ為朝と 白縫姫は
幼子 隠れて甲斐の滝子山……」。ふもとにはいまもこんな歌が伝
わっています。

・【データ】
【所在地】
・山梨県大月市。中央本線笹子駅の北東4キロ。JR中央本線初狩
駅から4時間10分で鎮西池。白縫姫をまつる祠がある。そのほか付
近に何もなし。地形図上には何にも記載なし。付近に何も記載なし。

【位置】
・【鎮西池】緯度経度:北緯35度37分58.46秒、東経138度51分05.42


【地図】
・旧2万5千分の1地形図「笹子(甲府)」

【山行】
・第2日目:1985年(昭和60)10月27日(日・快晴)鎮西池探訪:
1985年(昭和60)10月26日(土)〜27日(日)「高尾駅・塩山駅・大菩
薩登山口・仙石茶屋・上日川峠・石魔羅・石丸峠・牛ノ奥雁ヶ腹摺
山・湯ノ沢峠泊・牛奥ノ雁ヶ腹摺山・鎮西池・滝子山・初狩駅・高
尾駅」】:「小金沢連嶺縦走」家内と同行

【参考】
・『甲斐国志』松平定能(まさ)編集の甲斐国四郡の地誌。1814(文
化11年)完成:(「大日本地誌大系全48巻」(雄山閣出版)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『山の神々イラスト紀行』とよた 時(東京新聞出版局)1997年(平
成9)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

………………………………………………………………………………………………
山旅イラスト【ひとり画通信】
題名一覧へ戻る