とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼547号 「紀伊高野山土地賃貸契約」

【概略】
高野山の神から土地を十年間の約束で借りた空海はそこに霊場を開
いた。しかし空海はあとで借用書にこっそり「十」の文字の上に「ノ」
の字を書き「千年」にしてしまったという。それから千年はとうに
過ぎました。大師サマがこんどはどうなさいました?
・和歌山県高野町

▼547号 「紀伊高野山土地賃貸契約」

【本文】
各地に「弘法清水」など大師伝説を残した弘法大師空海。平安初期
の816(弘仁6)年、嵯峨天皇から高野山を賜ったこの地を聖地と
定め、真言宗根本道場として総本山金剛峰寺を建立します。

高野山は、和歌山県北部標高800mの台地に、東西6キロ南北3キ
ロと、18平方キロmにも広がる真言宗の大山岳霊場です。ここは高
野豆腐でも有名です。

それとは別に、この「お大師さま」と仰がれる弘法大師空海が、神
サマをだまし続けたという奇妙な話があります。

空海が山岳霊場を探して各地を行脚中のころ、いまの奈良県五條市
でひとりの猟師に出会いました。猟師は空海の話を聞き、それなら
と猟犬2頭に命じ、空海を高野の台地まで案内させたという。

そして空海に高野山の土地を貸し与えることになりました。この猟
師こそ高野山の神・高野明神だったと『今昔物語』に出ています。

その時、空海と高野明神との間に取り交わされた借用書があったと
いうのです。高野山の神からこの土地を十年間の約束で借り受けた
空海は、あとでこっそり「十」の文字の上に「ノ」の字を書き「千
年」にしてしまい、高野明神が十年後返還を求めたが、千を盾に応
じなかったといいます。

また別の説に千年の借用書で借り受けましたが、白いネズミが千の
文字を食い破ったので、永久に借り受け、返還せずとも良くなって
しまったということです。

こんなことを聞くと近寄りがたい大師も急に親近感が湧いてきま
す。当時から1300年の年月が過ぎています。大師さま、今度はどう
されました?

 また、弘法大師は千年の借用書で高野山の神から借り受けたので
すが、白いネズミが出てきて千の文字を食い破ってしまい、何とい
う字かわからなくしてしまいました。

仕方なく永久に借り受けられることになり、返還しなくてもよくな
ったという話もあります。

・【データ】
【所在地】
・和歌山県伊都郡高野町。南海電鉄極楽橋駅からケーブル高野山駅
・バスで奥ノ院。地形図に弘法大師廟の文字と建物記号のみ記載。

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【奥ノ院弘法大師廟】緯度経度:北緯34度13分22.95秒、東経135
度36分20.71秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「高野山(和歌山)」

【山行】
・第5日目:1994年(平成6)11月4日(金・晴れ)高野山奥ノ院弘
法大師廟探訪:1994年(平成6)10月31日(月)〜11月7日(月)河辺
町講演「京都駅・橿原神宮駅・二上山・久米の岩橋・大和葛城山・
御所駅・和歌山駅・紀伊由良駅・興国寺・川辺町役場・道成寺・河
辺町で講演・サイクリングターミナル・御坊駅・和歌山駅・橋本駅
・極楽橋駅・高野山・橋本駅・大和上市駅・大台ヶ原・日出ヶ岳・
大杉谷・松坂駅」:「紀伊の山大台ヶ原縦走」単独行

【参考】
・「今昔物語」巻第十一(弘法大師始建高野山語第二十五):日本古
典文学全集24「今昔物語」(1)校注・訳:馬淵和夫ほか(小学館刊)
1993年(平成5)
・「日本伝奇伝説大事典」編者・乾勝己ほか(角川書店)1990年(平
成2)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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