とよだ 時・山旅漫歩゚ゆ-もぁ画
山の伝承【ひとり画通信】

▼538号 「上州武尊山避難小屋の雷」

【概略】
5月下旬、上州武尊山手小屋沢避難小屋についたころはにわかに曇
り、雷が鳴りはじめた。小屋のまわりはまだ深い雪の中。汚い小屋
の中は虫でもわいていそうで背中がかゆくなる。一晩中ゴロゴロ騒
ぐ雷鳴を聞きながらテントを張って豚汁にありついた。
・群馬県みなかみ町

▼538号 「上州武尊山避難小屋の雷」

【本文】
武尊(ホタカ)山は、もともとは宝高とか穂高、保鷹(いずれもホ
タカ)のと書いていたという。江戸期になって、日本武尊(ヤマト
タケルノミコト)の東征伝説にちなみ、武尊の山と書かれるように
なったらしい。

そのため、武尊山(沖武尊2158m)近くの川場武尊や前武尊(2040m)
にも日本武尊の像がまつってあり、武尊山を含む群馬県利根郡には
16もの武尊神社があり、すべて祭神は日本武尊だという。

昔、この山に悪者がはびこり村人を困らせていた。ちょうど東征の
ため、ここを通りかかった日本武尊がそれを聞き、退治に出向いた
という。

悪党の首領夫人は、武尊のあまりの強さにおびえ、東麓の土出集落
に逃げようとふもとの片品村花咲集落に下ったが、そこでついに息
絶えた。そのとき首領夫人の霊魂により、石に花が咲いたと伝える
「花咲石明神」が、現在でも花咲集落中心部にあります。

JR水上駅からのバスで、宝川温泉手前の武尊橋で降りたのは5月
下旬のことでした。むし熱い日でしたが、手小屋沢避難小屋につい
たころはにわかに曇り、雷が鳴りはじめました。

小屋のまわりはまだ深い雪が積もり、汚い小屋の中はなにか虫でも
わいていそうで背中がかゆくなるありさま。とりあえずテントを張
ってしまえば、中には虫も来ないだろうともぐり込みます。

突然「ゴロゴロゴロ」と小屋もゆれるような雷鳴。そらきた。早め
にテントを張ってよかった。コンロでなんとか豚汁をつくってあり
つきます。

ここは谷間に建てられた避難小屋、まず落雷は心配ありません。お
腹がイッパイになれば目の皮がたるんできます。

一晩中ゴロゴロ騒ぐ雷鳴を聞きながら、それでもグッスリ眠らせて
もらったのでありました。いまは遠い昔になった1992年(平成4)
初夏の山行でした。

・【データ】
【所在地】
・群馬県利根郡みなかみ町(旧利根郡水上町)。JR上越線水上駅
からバス武尊橋停下車歩いて3時間半で手小屋沢避難小屋。そのほ
かは何もなし。地形図に避難小屋の文字のに記載。付近に何も記載
なし。

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【手小屋沢避難小屋】緯度経度:北緯36度48分50.25秒、東経139
度07分14.82秒

【地図】
・2万5千分の1地形図:「藤原湖(日光)」or「鎌田(日光)」(2図
葉名と重なる)

【山行】
・第1日目:1992年(平成4)5月23日(土・晴れ、霧、大雷)手
小屋沢避難小屋探訪:1992年(平成4)5月23日(土)〜24日(日)
「上野駅・水上駅・穂高橋バス停・武尊神社・手小屋沢避難小屋
(泊)・奥武尊山・前武尊・武尊温泉・川場温泉口バス停・沼田駅
・高崎駅・上野駅」:「上州武尊山・沖武尊山・前武尊」上州武尊家
内と同行

【参考】
・「角川日本地名大辞典10・群馬県」井上定幸ほか編(角川書店)1
988年(昭和63)
・「日本歴史地名大系10・群馬」(平凡社)1987年(昭和62)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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