山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼520号 「中ア・木曽御嶽山の霊神碑」

【前文】
いまでも御嶽教信者の白装束の姿を見かける御嶽山。登山道に並ぶ
霊神碑は、修行を積んだ行者の霊を納めたものだとか。古い霊神碑
は、岐阜県にある覚明霊神の弘化2(1845)年のもの。いまでも建
てられ続けている。
・長野県王滝村と木曽町との境

・【本文】は下記にあります。

▼520号 「中ア・木曽御嶽山の霊神碑」

【本文】
木曽の御嶽山(3067m)といえば山岳信仰の山として、いまでも多
くの信者が講を組み、白装束で登る姿を見かかけます。

登山道の各所には霊神碑がならんでいて、霊所にろうそくなど立っ
ていて気持ち悪がる一般登山者も多い。

霊神碑は、講社ごとに設けた霊場に、修行を積んだ行者の霊がおさ
まるよう、建てたものだといいます。

江戸時代の有名な御岳行者である一心行者も「御嶽を信仰するもの
は、死後御嶽の童子として霊魂を山に引き取ってもらえる」といっ
ており、いまでも霊神碑は建てられ続けているという。

古い霊神碑は、岐阜県にある覚明霊神のもので弘化2(1845)年の
銘があり、黒沢口登山道4合目の亀翁霊神の碑も弘化3年の銘があ
るという。

御嶽山の行者は各地の山々も聖地にしており、南アルプスの山梨県
の甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根、埼玉県秩父両神山、群馬県榛名山の相馬
山、新潟県八海山などの登山道にも霊神碑が建てられ、木曽御嶽山
にちなんだ八海山大頭羅(だいずら)大神、三笠山刀利天(とうり
てん)大神(ともに天狗ともいわれる)の石碑が祀られています。

・【データ】
【所在地】
・長野県木曽郡王滝村と長野県木曽郡木曽町(旧木曽郡三岳村)と
の境。中央本線木曽福島駅の北西20キロ。JR中央本線木曽福島駅
からバス、田の原から歩いて4時間20分で木曽御嶽剣ヶ峰。一等三
角点(3063.4m)とすぐ西隣に写真測量による標高点(3067m・標
石はない)がある。御嶽神社の奥社がある。山頂北直下に一の池が
ある。地形図に山名と三角点の標高、標高点の標高と神社(鳥居)
記号の記載あり。付近に何も記載なし

【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第60番):日本二百名山、日本三百
名山にも含まれる。
・田中澄江選定「花の百名山」(第71番・リンネソウ)
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(第63番・長野県)

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【標高点】緯度経度:北緯35度53分34.74秒、東経137度28分49.55

・【三角点】緯度経度:北緯35度53分35.06秒、東経137度28分50.3


【地図】
・2万5千分の1地形図「御嶽山(飯田)」。5万分の1地形図「飯
田−御嶽山」

【参考】
・「御嶽信仰の成立と遠江(とおとうみ)の霊山」:『山岳宗教史研
究叢書・9』(富士・御嶽と中部霊山)鈴木昭英編(名著出版)197
8年(昭和53年)
・『山岳宗教史研究叢書・9』(富士・御嶽と中部霊山)鈴木昭英編
(名著出版)1978年(昭和53年)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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