とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼518号 「丹沢大山・下社の納め太刀」

【前文】
かつて大山参りをするには大きさを競って木の太刀を奉納する習慣
があった。明治時代になり鉄道が走ってからは、大きな木太刀を車
内に持ち込まれ、振り回されては危なくてしょうがない。そのため
車内持ち込み禁止になりいつか納太刀奉納の習慣はなくなっていっ
たという。
・神奈川県伊勢原市。

▼518号 「丹沢大山・下社の納め太刀」

【本文】
首都圏でおなじみの丹沢大山(1252m)は、石尊信仰で古くから有名
で江戸時代の落語にも登場するところ。石尊という位なので大石が
ご神体。

この自然石は明治の廃仏棄釈から守るため白布をまいてその上にお
宮を建てて隠したという。それが大山山頂の本宮で、ご神体は宮司
以外は見ることは厳禁だという。

ところで大山ケーブルで下社駅からすぐにある阿夫利神社下社は大
山祇(おおやまずみ)大神、高おかみ(「?」雨の下に口を横に3
つならべ、その下に龍を書いた字)ノ神、大雷神が祭神です。

神社境内拝殿の右手、せまい地下通路の中に入ると霊水の湧く井戸
があり、参拝客はそれぞれひしゃくで水をすくって飲んでいます。
さらに奥に進むと木刀のような太刀が無数に壁に掛けてあります。

これは納太刀といい、かつて大山参りをするにはこれを奉納する習
慣があり、当時は木太刀の大きさを競っていたといいます。これは
大山石尊の御神体が大石(石剣)であることから、自分の願いを祈
るため、昔、武士たちが大事な刀を奉納したのがもとになっている
という。

このように、大山信仰はもと武士階級からはじまりましたが、のち
庶民の信仰になるにつれ、刀剣が木太刀に変わったものらしい。

数百年にわたって奉納された刀剣が一時はおびただしい数にのぼっ
ていましたが、戦時中の物資の供出でなくなってしまったという。

この木刀の納太刀にも銘がはいっていて、小さいものは七〜八寸(2
1〜24センチくらい)、大きいものはおとなの身長の2倍以上も
あり「大願成就」「大山石尊大権現」などと書いて、道中をかつい
できて、神前に納め、かわりに他人が納めた木太刀を持ち帰りお守
りにしたという。

このしきたりは浮世絵などにも描かれています。明治時代になり鉄
道が走ってからは、大きな木太刀を車内に持ち込まれ、振り回され
ては危なくてしょうがない。

そのため車内持ち込み禁止になりいつか納太刀奉納の習慣はなくな
っていったということです。

・【データ】
【所在地】
・神奈川県伊勢原市。小田急小田原線伊勢原駅の北6キロ。小田急
伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅からケーブル利用下社駅下車で
阿夫利神社下社。地形図に神社の文字と建物記号のみ記載。

【ご利益】
・【大山阿夫利神社】:開運招福・商売繁盛・交通安全・厄除け

【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
・【阿夫利神社下社】緯度経度:北緯35度25分56.07秒、東経139度1
4分16.24秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検
索)

【地図】
・旧2万5千分の1地形図「大山(東京)」

【山行】
・日帰り:1991年(平成3)2月27日(水)阿夫利神社下社探訪:「新
宿駅・本厚木駅・煤ヶ岳・登山口分岐・物見峠分岐・山の神・三峰
山・大山・阿夫利神社・追分・伊勢原駅・新宿駅」:「大山三峰」家
内と同行

【参考】
・『イラスト丹沢・山ものがたり』とよた 時(山と渓谷社)1991年
(平成3)
・『あしなか・復刻版』第4冊(第73輯)(名著出版)1981年(昭和
56)
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『古代山岳信仰遺跡の研究』大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名』(平凡社)1984年(昭和
59)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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