山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼509号 「山梨・四尾連湖のヌシ」

【概略】
四尾連湖(しびれこ)は、幽閉でかわいい天然湖。名前の響きから
女性の間で人気があります。名前は「しびれる」ほどの冷たい水の
意味だという。「神秘麗湖」の異名もあるほど神秘的で、いろいろ
な伝説を秘めています。ここのヌシは巨大な牛の怪物。雨乞いの時
は牛の頭を湖の水につけたり、頭を切り落として湖に投げ込めば必
ず雨が降るといわれています。
・山梨県市川三郷町

▼509号 「山梨・四尾連湖のヌシ」

【本文】
山梨県市川大門町にある四尾連湖(しびれこ)は、富士山北部に連
なる御坂山塊蛾ヶ岳(ひるがたけ)北西の大畠山(おおばたけやま
・111.7m)の中腹にある天然湖(標高860m)。標高850m、周囲
約1200m、水深10mの楕円形で、蹇(けん、あしなえ)湖、志比礼
湖、神秘麗湖とも書かれました。

成因は裂開陥没説と、火山マール説がありますがはっきりしないそ
うです。この湖はいまでも俗化されず、幽閉な美しさが保たれ、「シ
ビレコ」というそのかわいい名前の響きから女性の間でも人気があ
ります。

四尾連湖の「シビレ」は水が冷たくて足がしびれるとの意味だとい
う。これは当地出身の儒者座光寺南屏(ざこうじなんぺい)の碑文
からきたいうのが有力な説だそうです。

江戸時代は「富士八湖(富士内八海)」河口湖、山中湖、精進湖、
西湖、本栖湖の富士五湖と、明見湖(富士吉田)、泉津湖(泉瑞、
富士吉田)、志比礼湖(四尾連湖 、市川三郷)を加えて、富士八海
(または富士八湖)といっていた。 いずれも富士講信者 がめぐる
霊場で、それぞれに八大竜神をまつる)のひとつの霊場になってい
ます。ただ、地質、地形的には富士山と無関係なんだそうですよ。

神秘的なこの湖はいろいろな伝説を秘めています。竜がすんでいた
という伝説もあって、当然、竜王(尾崎竜王)をまつり、竜神堂が
あったそうです。尾崎竜王は4つの尾を連ねた竜だともされ「四尾
連湖」といわれるようになったという。

ところで、ここのヌシ(主)は巨大な牛の怪物だという伝説があり
ます。300年ほど前だというから江戸時代前半のころ、2人の兄弟
武士がやって来て、この怪物を強弓で射殺しましたが、兄弟武士も
そこで力つきてしまいました。

村人は二人の亡きがらを山の頂に葬りました。その年はひどい干ば
つでしたが、このことがあった翌日、車軸を流すような大雨が降っ
たのです。それ以来、四尾連湖の雨乞いは有名となり、時には市川
陣屋の代官までがここに来て大がかりな雨乞いをしたこともあった
といいます。

雨乞いは行列をつくり、兄弟武士の墓にお参りし、太鼓や鐘、法螺
貝などを鳴らして、「四尾連湖の湖(うみ)の黒雲 ヌシ(主)を
殺した腹いせに 雨を降らせ給いな」と、大声に唱えながら湖のま
わりを回るそうです。

江戸時代後期の山梨県の地誌にもこんなことが出ています。『甲斐
国志』巻之32・山川部に「……旱年ニハ郷人集会シ紙幟ヲ建テ金鼓
ヲ鳴シ此ノ処ニ?(あまごい)ス若(シ)験ナキ時ハ牛馬ノ枯骨ヲ
湖中ニ投ジテ水神ヲ激怒セシムレバ……」とあります。

日照りの時には人々が集まって、紙幟(かみのぼり)を立て、鉦(し
ょう)や太鼓(たいこ)を鳴らして雨乞い儀式を行いました。効き
目がないときには、牛や馬の朽ちはてた骨を湖の中に投げ込んで水
の神を激怒させ、雨や雷を呼び寄せたそうです。それでもダメなら、
湖のヌシは怪牛なので、牛の頭を湖の水につけたり、さらに雨が降
らなければ、牛の頭を切り落として血のしたたる頭を、湖に投げ込
めば必ず雨が降るといわれています。

四尾連湖の南西の峰には子安(こやす)神社(祭神は木花開耶姫)
があって、山梨県指定記念物のリョウメンヒノキ2本があります。
この木は昔、源頼朝が富士の巻狩りでここへ来て昼食を食べた時、
箸の代わりにヒノキの生枝を折って使ったという。食べたあと、そ
れを地面にさしたのが根づいたもので「箸立て檜」というそうです。
また市川大門町指定文化財太々神楽が伝わっているという。

四尾連湖は、1959年(昭和34)には、山梨県立自然公園に指定さ
れ、ハイキングコースもあり、春はツツジやサクラ、夏はキャンプ
と釣り、秋はモミジ、冬はスケートと、四季を通じて観光に恵まれ
ています。また湖には、コイ、フナ、ワカサギ、クチボソなどがい
て釣りには好適だそうです。湖畔には2軒の山荘やバンガローもあ
ります。

ある年の初夏、身延線市川本町駅から山の中へ。ここにもやたらと
熊に注意の看板があります。途中登山道をかわいい小動物がかけて
きます。背中から尾にかけて黄色い毛が生えています。枯れ木よろ
しく道の真ん中に立ちすくして様子を見ました。2mくらい近寄る
とさすがに気がついたのか、森の中に逃げ込みました。この動物に
はなんども出会いました。

峠をしばらく下ると、小さな幽閉な湖が現れました。岸を一周して
も何十分もかからないくらいです。ザックを置いて湖畔でしばらく
遊びました。暮れなずむ森深い湖畔にキャンプをする若者たちの夕
飯の支度であろう、焚き火の煙がたなびいていました。この神秘さ
では雨乞いや竜神などの伝説が生まれるのも当たり前だと思いまし
た。

▼【データ】
【地名】・大畑山南西中腹にある楕円形の小湖

【所在地】
・山梨県西八代郡市川三郷町(旧西八代郡市川大門町)。身延線市
川大門駅・市川本町駅・鰍沢口駅から歩いて3時間で四尾連湖。キ
ャンプ場と山荘がある。地形図に湖名のみ記載あり。四尾連湖より
北東方向672mに大畠山がある。

【位置】(標高点、三角点)(電子国土ポータル)
・【四尾連湖】緯度経度:北緯35度31分46.73秒、東経138度31
分01.95秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検
索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「市川大門(甲府)」(国土地理院「地図閲
覧サービス」から検索)

【参考】
・『角川日本地名大辞典19・山梨県』磯貝正義ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『甲斐国志』松平定能(まさ)編集の甲斐国四郡の地誌。江戸時
代後期の1814(文化11年)完成:『大日本地誌大系・第45巻』「甲
斐国志・第2巻」(雄山閣出版)1982年(昭和57)
・『甲州の伝説』(日本の伝説・10)土橋里木ほか(角川書店)1976
年(昭和51)
・『日本歴史地名大系19・山梨』(平凡社)1995年(平成7)

山と田園の画文作家
【ゆ-もぁ-と】民画(漫画)
【とよだ 時】

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