山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画っ展】とよだ 時

▼502号「早池峰山七不思議・河原坊の読経の声」

・【概略】
早池峰山には「七不思議」があるという。(1天灯、(2竜灯、(3お田
植え場の早乙女の声、(4竜ヶ馬場の駒の声、(5鶏頭山の鶏の声、
(6安倍貞任の軍勢の音、(7河原坊の誦経の声の7つ。ある夏、河
原坊キャンプ場にテントを張りました。ここは「河原坊の誦経の声」の
聞こえるという場所です。アルコールを傾けながら、読経の声に聞き
耳を立ててみました。一瞬聞こえたような…。しかし、それは近くにい
るカップルの声。楽しそうな声が一段と大きくなっていきます。とうとう
七不思議もへちまもなくなってしまいました。

▼502号「早池峰山七不思議・河原坊の読経の声」

【本文】
 岩手県遠野市と花巻市、宮古市との境にある早池峰山(1914m)
は、540種といわれる高山植物の宝庫は、咲き誇る花々を一目見よ
うと登山者でにぎわいます。この山も山岳宗教の山。平安時代初
期の開山といわれるだけあって、不思議な伝承がたくさん残って
います。そのひとつに「早池峰山中の七不思議」があります。

 「早池峰詣」(「定本附馬牛村誌」に収納)という文書によれば、
時々、山の中で見たり聞いたりする不思議な現象があるといいま
す。それは(1:天灯、(2:竜灯、(3:お田植え場の早乙女の
声、(4:竜ヶ馬場の駒の声、(5:鶏頭山の鶏の声、(6:安倍貞
任の軍勢の音、(7:河原坊の誦経(じゅきょう)の声、がありま
す。

 また「奥州南部早池峰山縁起」(『山岳宗教史研究叢書17』に収
納)では、「當山名所附七不思議。當山ハ所謂五岳ハ東ニ安部山、
西ニ鶏頭山、南ニ醫王山、北ニ中嶽、中央ハ早池峰なり。……中
略……。…按ズルニ凡ソ山中二七個ノ不思議有リ」とし、次のこ
とを挙げています。(1:一(いち)ニハ曰ク権現霊誕ノ由来。(※
早池峰山開山の時の不思議な早池峰権現誕生)。

(2:二(に)ニハ曰ク絶頂ノ妙泉。(※早池峰山山頂の霊泉)。(3
:三(さん)ニハ曰ク田植場ノ所謂田植場ハ(※確認済み)人境
懸隔ノ池ナリ。時ニハ田植歌ノ声ヲ聞クコト有ルナリ。(田植場か
ら聞こえる田植え歌)。(4:四(よん)ニハ云フ竜馬場ニ於テ馬
ノ嘶(イナナ)クヲ聞クコトアリ。傳フ附馬牛(つきもうし)村
ノ東禅寺ノ開山ハ臨済ノ名徳無盡和尚ナリ。掌ニ権現ノ冥感ヲ仰
ギ此ノ山ニ登降シ、云々……。(※竜ヶ馬場の馬のいななき)。

 (5:(ご)ニ曰ク山中深キ処時ナラズシテ鶏鳴ヲ聞クコト有ル
ナリ。(※山中で聞くニワトリの声)。(6:六(ろく)ニ曰ク参詣
ノ曹(ともがら)苟(かりそめ)ニ不信不行スレバ則チ半途ニシ
テ迷妄ス、或ハ風雲ヲ起シ或ハ砂石ヲ雨ス、進マント欲シ仰視シ
テ前路ヲ失フ、退ント欲シテ顧眄(こべん)スレバ経迹(せき・
跡)ヲ志ス、進退闇然(あんぜん)トシテ盲者ノ杖ヲ失シルガ如
シ。云々……。(※参詣人が不信不行跡すると天気が急変したり道
に迷ったりする)。

 (7:七(なな)ニ曰ク時二金山白雲映徹(エイテツ)シ神明
仏陀ノ形ヲ顕(アラハ)スコト有ルナリ。常聞ス山中二不動滝有
リテ、云々……。(※信仰心のあついものには白雲が金色に輝き、
神仏の姿を見ることができる)とあります。

 これらのなかにある、(1の天灯や権現霊誕ノ由来は、早池峰神
社の縁起では、開山された時、目もくらむような金色の光明とと
もに神霊があらわれたというもの。また「妙泉」は、飲むと水が
甘く、干ばつでの時も涸れず、またどんなに雨が降ってもあふれ
ない。ただ、汚い器でくむと水がなくなるが、お経を唱えれば、
たちどころに湧いてくるという山頂の霊水のこと。その早さをと
って、早池峰山の名前になっているのだといいます。

 こんな話もあります。いまの遠野市附馬牛地区の東禅寺境内に
湧いている清水は、神から山頂の池の水を分けてもらっているも
のだという。「奥州南部早池峰山縁起」七不思議の項、4番目の「竜
馬場で馬の嘶(いなな)くを聞く」の続きに、次のようなものが
あります。

 「傳フ附馬牛(つきもうし)村ノ東禅寺ノ開山ハ臨済ノ名徳無
盡和尚ナリ」。ある時弟子たちに講義をしていると、神があらわれ、
何か不自由をしているものはないかという。無盡和尚は、いま水
が不足しておりますというと、神はわが山早池峰の妙泉を与えよ
うと、言い終わらないうちに庭に清水がわき出したとあります。

 また無盡和尚が早池峰山に登ると、白馬があらわれたという。
和尚は「夫(そ)レ馬ハ素ヨリ救世ノ貴獣ナリ」といい、大急ぎ
でその姿を描き写しますが、左耳を描きおわらないうちに馬の姿
が消えてしまいました。その絵をご神体にしたのが早池峰神社境
内の駒形神社。そのため、ここで出す神に奉納する「馬形」は、
いまでも左の耳がないのだそうです。

 これらの七不思議のなかで「早池峰詣」にある(7:河原坊の
誦経の声という部分に興味が湧きました。河原坊にはテント場も
あり、もしかしたら誦経(しょうけい)の声を聞くことができる
かも知れません。

 ある年の8月、早池峰山河原坊に行きました。バス終点やビジ
ターセンターの目の前がキャンプ場です。少し世俗っぽい開けた
感じで、心許ないことではありますが、今夜一晩、そんな気分に
浸って見ようとテントを張ることにしました。テント場は先日降
った雨で、水溜まりだらけになっています。

 それでもほかに若いカップルが一組のみ。夕方になり暗くなっ
てきました。アルコールを傾けながら、神秘的な気分のなかで耳
を澄ましてみました。一瞬、読経の声が聞こえたような気がしな
いでもありません。

 しかし、それは近くにいるカップルの声でした。何が楽しいの
か一段と大きくなってきました。いつまで経っても止む気配があ
りません。とうとう一晩中うるさく、七不思議もヘチマもありま
せんでした。

▼河原坊キャンプ場【データ】
【所在地】
・岩手県花巻市大迫町(おおはさままち)。JR花巻駅からバスで
終点河原坊。駐車場と、ビジターセンターがある。
【位置】
・河原坊:北緯39度32分27.19秒、東経141度28分42.8秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「早池峰山(盛岡)」

▼山旅【画っ展】502号「東北・早池峰山の七不思議」
【詳細本文】
 岩手県遠野市と花巻市、宮古市との境にある早池峰山(1914m)
は、540種といわれる高山植物の宝庫は、咲き誇る花々を一目見よ
うと登山者でにぎわいます。この山も山岳宗教の山。平安時代初
期の開山といわれるだけあって、不思議な伝承がたくさん残って
います。そのひとつに「早池峰山中の七不思議」があります。

 「早池峰詣」(「定本附馬牛村誌」に収納)という文書によれば、
時々、山の中で見たり聞いたりする不思議な現象があるといいま
す。それは(1:天灯、(2:竜灯、(3:お田植え場の早乙女の
声、(4:竜ヶ馬場の駒の声、(5:鶏頭山の鶏の声、(6:安倍貞
任の軍勢の音、(7:河原坊の誦経(じゅきょう)の声、がありま
す。

 また「奥州南部早池峰山縁起」(『山岳宗教史研究叢書17』に収
納)では、「當山名所附七不思議。當山ハ所謂五岳ハ東ニ安部山、
西ニ鶏頭山、南ニ醫王山、北ニ中嶽、中央ハ早池峰なり。……中
略……。…按ズルニ凡ソ山中二七個ノ不思議有リ」とし、次のこ
とを挙げています。(1:一(いち)ニハ曰ク権現霊誕ノ由来。(※
早池峰山開山の時の不思議な早池峰権現誕生)。

(2:二(に)ニハ曰ク絶頂ノ妙泉。(※早池峰山山頂の霊泉)。(3
:三(さん)ニハ曰ク田植場ノ所謂田植場ハ(※確認済み)人境
懸隔ノ池ナリ。時ニハ田植歌ノ声ヲ聞クコト有ルナリ。(田植場か
ら聞こえる田植え歌)。(4:四(よん)ニハ云フ竜馬場ニ於テ馬
ノ嘶(イナナ)クヲ聞クコトアリ。傳フ附馬牛(つきもうし)村
ノ東禅寺ノ開山ハ臨済ノ名徳無盡和尚ナリ。掌ニ権現ノ冥感ヲ仰
ギ此ノ山ニ登降シ、云々……。(※竜ヶ馬場の馬のいななき)。

 (5:(ご)ニ曰ク山中深キ処時ナラズシテ鶏鳴ヲ聞クコト有ル
ナリ。(※山中で聞くニワトリの声)。(6:六(ろく)ニ曰ク参詣
ノ曹(ともがら)苟(かりそめ)ニ不信不行スレバ則チ半途ニシ
テ迷妄ス、或ハ風雲ヲ起シ或ハ砂石ヲ雨ス、進マント欲シ仰視シ
テ前路ヲ失フ、退ント欲シテ顧眄(こべん)スレバ経迹(せき・
跡)ヲ志ス、進退闇然(あんぜん)トシテ盲者ノ杖ヲ失シルガ如
シ。云々……。(※参詣人が不信不行跡すると天気が急変したり道
に迷ったりする)。

 (7:七(なな)ニ曰ク時二金山白雲映徹(エイテツ)シ神明
仏陀ノ形ヲ顕(アラハ)スコト有ルナリ。常聞ス山中二不動滝有
リテ、云々……。(※信仰心のあついものには白雲が金色に輝き、
神仏の姿を見ることができる)とあります。

 これらのなかにある、(1の天灯や権現霊誕ノ由来は、早池峰神
社の縁起では、開山された時、目もくらむような金色の光明とと
もに神霊があらわれたというもの。また「妙泉」は、飲むと水が
甘く、干ばつでの時も涸れず、またどんなに雨が降ってもあふれ
ない。ただ、汚い器でくむと水がなくなるが、お経を唱えれば、
たちどころに湧いてくるという山頂の霊水のこと。その早さをと
って、早池峰山の名前になっているのだといいます。

 こんな話もあります。いまの遠野市附馬牛地区の東禅寺境内に
湧いている清水は、神から山頂の池の水を分けてもらっているも
のだという。「奥州南部早池峰山縁起」七不思議の項、4番目の「竜
馬場で馬の嘶(いなな)くを聞く」の続きに、次のようなものが
あります。

 「傳フ附馬牛(つきもうし)村ノ東禅寺ノ開山ハ臨済ノ名徳無
盡和尚ナリ」。ある時弟子たちに講義をしていると、神があらわれ、
何か不自由をしているものはないかという。無盡和尚は、いま水
が不足しておりますというと、神はわが山早池峰の妙泉を与えよ
うと、言い終わらないうちに庭に清水がわき出したとあります。

 また無盡和尚が早池峰山に登ると、白馬があらわれたという。
和尚は「夫(そ)レ馬ハ素ヨリ救世ノ貴獣ナリ」といい、大急ぎ
でその姿を描き写しますが、左耳を描きおわらないうちに馬の姿
が消えてしまいました。その絵をご神体にしたのが早池峰神社境
内の駒形神社。そのため、ここで出す神に奉納する「馬形」は、
いまでも左の耳がないのだそうです。

 これらの七不思議のなかで「早池峰詣」にある(7:河原坊の
誦経の声という部分に興味が湧きました。河原坊にはテント場も
あり、もしかしたら誦経(しょうけい)の声を聞くことができる
かも知れません。

 ある年の8月、早池峰山河原坊に行きました。バス終点やビジ
ターセンターの目の前がキャンプ場です。少し世俗っぽい開けた
感じで、心許ないことではありますが、今夜一晩、そんな気分に
浸って見ようとテントを張ることにしました。テント場は先日降
った雨で、水溜まりだらけになっています。

 それでもほかに若いカップルが一組のみ。夕方になり暗くなっ
てきました。アルコールを傾けながら、神秘的な気分のなかで耳
を澄ましてみました。一瞬、読経の声が聞こえたような気がしな
いでもありません。

 しかし、それは近くにいるカップルの声でした。何が楽しいの
か一段と大きくなってきました。いつまで経っても止む気配があ
りません。とうとう一晩中うるさく、七不思議もヘチマもありま
せんでした。

▼河原坊キャンプ場【データ】
【所在地】
・岩手県花巻市大迫町(おおはさままち)。JR花巻駅からバスで
終点河原坊。駐車場と、ビジターセンターがある。
【位置】
・河原坊:北緯39度32分27.19秒、東経141度28分42.8秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「早池峰山(盛岡)」

▼【参考文献】
・『あしなか254輯』遠野地方特集(杉崎満寿雄)山村民俗の会
・『岩手の伝説』平野 直著(津軽書房刊)1983年(昭和58)
・「奥州南部早池峰山縁起」:→(『山岳宗教史17』を参照)
・『角川日本地名大辞典3・岩手県』高橋富雄ほか編(角川書店)
1985年(昭和60)
・『神々の系図・正』川口謙二(東京美術)1983年(昭和58)
・『山岳宗教史研究叢書7』(東北霊山と修験道)月光善弘編 (名
著出版)1977年(昭和52)
・『山岳宗教史研究叢書16』(修験道の伝承文化)五木重編 (名著
出版)1981年(昭和56)
・『山岳宗教史研究叢書17』(修験道史料集T)五木重編(名著出
版)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「定本附馬牛(つきもうし)村誌」附馬牛村(岩手県)誌編纂委
員会著(附馬牛村役場)1954年(昭和29)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山岳風土記・5』東北北越の山々(宝文堂)1960年(昭和
35)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系3・岩手県の地名』(平凡社)1990年(平成
2)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画展通信】
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