とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼493号 「北信・乙妻山のハイマツ」

【概略】
乙妻山の奥の本当の高妻山は標高2044mのピークだと古書にある。
五地蔵から奥の峰のハイマツは五葉の松で葉が短く、蔓のように絡
まり合っている。このハイマツの葉は難産や歯痛などによく効くと
古書にある。昔は登山者がこの葉をよく持ち帰っていたという。
・長野市と新潟県妙高市との境。

▼493号 「北信・乙妻山のハイマツ」

【本文】
長野県と新潟県にまたがる乙妻山(2318m)は戸隠のお裏山といい、
昔は戸隠修験の修行道場だったといいます。

平安時代から江戸時代まで修験者の入峰錬行の山で、お裏山を巡る
には一の不動から途中順次、二釈迦、三文殊とすすみ、四普賢、五
地蔵を経て、六弥勒、七薬師、八観音、九勢至で、高妻山は十阿弥
陀如来になります。

さらに乙妻山へは十一阿?、十二大日とすぎ、十三が虚空蔵菩薩で
乙妻山だとされています。

しかし実際の十三虚空蔵を祀る虚空蔵山は、乙妻山からさらに奥へ
入った標高2044mのピークだと古書にあります。

「善光寺道名所図会」には、五地蔵から奥の峰には、「投の松五葉
にて葉短し、地蔵の辺より始りて奧へ続き、七谷に延わたりて繁茂
し、蔓の如く其本を知ることなし、登山の輩は此葉を採て帰る、難
産併(ならびに)歯の痛等に功能著しと也」とあり、ハイマツの葉
を難産や歯痛の薬にした記録があります。

またこの山への登山は「お山明」といい、6日1日から7月末まで
に限られていたそうです。

ある秋、社会人の山岳会の山行に参加しました。帰りのタクシーを
予約した日帰りということでまるで駆け足のような山行です。高妻
山から先は笹竹につかまりながら先を急ぎます。

熊の平を過ぎ、やがて乙妻山頂につきました。山頂にポツンと小祠
がひとつ建っています。あとで物の本を読んだらところ、乙妻山頂
は十一阿しゅくを祀る所で、十三虚空蔵山はその先のピーク2044m
地点だとあります。

石仏が安置されているともあります。ウーム、もう一度訪れなけれ
ばなるまい。

・【データ】
【山名・地名】おとづまやま
・【異名、由来】乙妻山・高妻山とともに戸隠裏山・大日峰。高妻
山に対して乙(第2の)妻山ということ

【所在地】
・長野県長野市(旧上水内郡戸隠村)と新潟県妙高市(旧中頸城郡
妙高高原町)との境。信越本線黒姫駅の西13キロ。JR長野駅から
バス、戸隠キャンプ場から歩いて6時間で乙妻山。写真測量による
標高点(2318m)がある。地形図に山名と標高点の標高のみ記載。
標高点より西方向直線約400mに標高点(2261m)がある。付近に
何も記載なし。

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【標高点】緯度経度:北緯36度48分34.26秒、東経138度02分50.65


【地図】
・2万5千分の1地形図「高妻山(高田)」

【山行】
・第2日目:1984年(昭和59)10月10日(水)乙妻山探訪:1984年
(昭和59)10月9日(火)〜10日(水)「上野駅・長野駅・戸隠キャン
プ場入口・一不動・十阿弥陀・山頂・一不動・キャンプ場入口・長
野駅・上野駅」:「高妻山乙妻山山行」

【参考】
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・「戸隠・飯縄の修験伝承」佐藤貢:(「山岳宗教史研究叢書・16」(名
著出版)所収
・「日本百名山」深田久弥(新潮社)1970年(昭和45)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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