山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼469号 「富士山頂に住む魚・コノシロ(鮗)」

【概略】
富士山火口内にコノシロ池という池がある。ここにはコノシロとい
う魚がすんでいたという。ある時、風神に見そめられてしまった木
花開耶姫は、この魚を焼いて自分の葬儀の煙と風神に思わせ、諦め
させたとの話が残っている。コノシロ池の魚を焼くと人を焼く臭い
に似た煙を出すという。
・富士山頂

▼469号 「富士山頂に住む魚・コノシロ(鮗)」

【本文】
 昔、富士山火口にコノシロ池という池があって、ここにはコノシ
ロという魚がすんでいたといいます。このコノシロ池について江
戸中期の俳文集「風俗文選」の(富士山賦)に「絶頂ノ鮗(このし
ろ)・半腹ノ雀」とあります。

 また江戸時代の静岡県の地誌『駿河国新風土記』(卷二十三
 富士山 上)では、「此(の)峰の下の方小しく(すこしく)池のか
たちなる所コノシロノ池と称す、此池の事につき不審あり、まつ(
ず)此(の)国人の常談に富士の山上にコノシロの池と云(う所)
ありてこのしろと云(う)魚すめり、…

 …故に富士浅間の氏子はこのしろを食はす(ず)と云(う)こと
あり、風俗文選(もんぜん)嵐蘭か富士賦に、絶頂乃鮗(コノシロ)
半腹の雀といふ事あり(「風俗文選」についても言及しています)。
……今のこのしろの池、七、八間四方、時によりて水の有(る)こ
ともあり、又無(き)事もありて魚などのすむべき處にあらず」とあ
ります。

 「…魚などのすむべき處にあらず」とわざわざあるのは、それほ
ど一般に広く信じられていたのでしょう。先述のとおり、古くから
富士浅間の氏子はこの魚(コノシロ)は食べないとのことです。

 こんな話もあります。ある時、風の神が富士山の開耶姫に一目惚
れしてしまいました。寝ても起きても姫のことばかり。風の神はと
うとう姫を妻にしたいと決心。いまでいうストーカーのように開耶
姫につきまといます。

 驚いたのは父の大山祇(おおやまずみの)神です。断れば風の神
がどんな暴風を吹かせて暴れるかも知れません。ところが姫は何を
考えたか従者をコノシロ池の魚を捕まえに走らせました。次の日、
返事を聞きに風の神がやってきました。

 庭先ヘ入ってみると、みな泣きはらしています。そしてなんとも
いえぬ不快な臭いがおそってきました。「姫様がおなくなりに…」
という従者の言葉。ではこの臭いは…。風の神は葬儀の煙を見て、
ワァ〜ッとものすごい声、地だんだを踏み転げ回って悲しみままし
た。

 コノシロ池の魚は焼くと人を焼く臭いに似た煙を出すという。こ
うして風の神に諦めさせたという伝説があります。いくら風の神と
いえ、ちょっとかわいそうな気もします。

 これに似た話もあります。その昔、下野国(しもつけのくに・い
まの栃木県)の長者に、美しい一人娘がいました。これを見そめた
常陸国(ひたちのくに・いまの茨城県)の国司(こくし・地方官)
が、結婚したいと申し出ました。が、娘には将来を約束した人がい
たのです。

 そこで親は「娘は病気で死んだ」と国司にうそをいって、娘の代
わりに魚を棺に入れて、使者の前で火葬して見せました。それはツ
ナシという魚で、焼くと人体が焦げるような匂いがします。

 国司の使者たちは、娘が本当に死んだものと思い、国へ帰ていき
ました。それからというもの、子どもの代わりになった魚のツナシ
は、子の代わり(子の代・コノシロ)と呼ぶようになったというこ
とです。

 ちなみにコノシロ池は、静岡県下山道口から山小屋と郵便局の間
を左方へ進んだ平坦なところがコノシロ池だとされています。ここ
は7月中旬まで水がたまっているそうです。また11月になるとコ
ノシロ池も凍ってそのまま冬ごもりとなり、まるでスケートリンク
のようですが、それでもちゃんと池の様相を保っているそうです。

 その後も厳冬期の風雪に耐えながら、春の訪れを待っています
(【こちら】から引用させていただきました)。別の伝説では、コノ
シロ池の周りには経典が埋められていたというお話もあります。

▼コノシロ池【データ】
★【所在地】
・山梨県富士吉田市・山梨県南都留郡鳴沢村と静岡県富士宮市・富
士市・御殿場市・静岡県駿東郡小山町との境だが八合目付近から上
部は境界がはっきりしていない。富士急行河口湖駅からバス、河口
湖口五合目から5時間でコノシロ池。

★【位置】
・コノシロ池:北緯35度21分34.92秒、東経138度43分49.03秒(国
土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

★【地図】
・2万5千分の1地形図「富士山(甲府)」


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典19・山梨県』磯貝正義ほか編(角川書店)1
984年(昭和59)
・『山岳宗教史研究叢書・9」(富士・御嶽と中部霊山)鈴木昭英編
(名著出版)1978年(昭和53年)
・『駿河国新風土記』(第9,10輯)足立鍬太郎訂。新庄道雄(志豆
波多会)1934年(昭和9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本登山史・新稿』山崎安治著(白水社)1986年(昭和61)
・「風俗文選(もんぜん)」(富士山賦)(俳諧叢書シリーズ)五老
井許六編(今古堂)1891)年(明治24)
・「富士山記」(都良香著):(柿村重松註「本朝文粹註釋巻第12」
所収(内外出版1992年)
・『富士山・史話と伝説』遠藤秀男(名著出版)1988年(昭和63)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

………………………………………………………………………………………………
山旅イラスト【ひとり画展通信】
題名一覧へ戻る