とよだ 時・山旅漫歩゚ゆ-もぁ画
山の伝承【ひとり画通信】

▼443号 「丹沢宮ヶ瀬・長者屋敷」

【概略】
中津川上流から流れてきたりっぱなお椀。不思議に思った宮ヶ瀬村
の若衆は、上流に隠れ住んでいた、南北朝期の新田義興の家臣・矢
口一族を見つけました。ある深、夜村人たちは鎌や鍬を振り回して
矢口一族を闇討ちしたという。その結果、一族はとうとう全滅し、
金銀財宝は奪われてしまったという。東丹沢長者屋敷に残る伝説で
す。
・神奈川県清川村

▼443号 「丹沢宮ヶ瀬・長者屋敷」

【本文】
丹沢三峰から宮ヶ瀬へ下る途中の御殿の森南麓中津川のほとりに
「長者屋敷」という所があり、キャンプ場になっています。そこに
は隠れ里伝説があって、それにともなう地名説話も残っています。

頃は南北朝時代、いまの神奈川県山北町にあった河村城にたてこも
った南朝方の新田義興は、足利尊氏の執拗な攻撃にたえられず落城。
のち再起をはかりますが、多摩川の矢口の渡しで謀殺されてしまい
ました。

その家臣に矢口信吉という武士がいました。信吉は主君を失ってか
ら、わずかな郎党を率いて丹沢山中・宮ヶ瀬の奥地に逃れていきま
した。そしてここに館を築き隠棲の地とし入道、矢口入道信吉と名
のっていました。

一族は狩猟をし、魚をとり、また川から砂金を取っていました。そ
して99頭もの白い牛を連れて、煤ヶ谷(すすがや)村を通って山越
えし、ひそかに鎌倉と交易します。その結果、巨額の富を蓄え、矢
口長者と呼ばれる生活を送っていました。

そこの地は、山を背にした渓流には小島が浮かんでいます。小さな
島は、主君と長年共にした鎌倉の、由比ヶ浜(ゆいがはま・いまの
神奈川県鎌倉市南部の海岸)から眺める江ノ島にどことなく似てい
ます。矢口長者がこの地へきてから長い歳月が流れ、世の中は足利
幕府の時代になり、戦さのない日々になっていました。

そのころ、川下の宮ヶ瀬の村(いまの清川村宮ヶ瀬)は、谷間に民
家が点在する小さな山村でした。ある日、若者が中津川で釣りをし
ていました。その時、水に浮いている漆塗りのお椀が流れてくるの
を見つけました。「誰も住んでいるはずがねェ山奥からこんなりっ
ぱな椀が流れてくるなんて」。

不審に思った若者はこっそり川をのぼって行って驚きました。そこ
には、金銀を散りばめたように輝くりっぱな屋敷が建っているでは
ありませんか。立ち動く人々の中には、落ち武者らしい姿もありま
す。そばには、何頭もの白い牛が寝そべり、花々が咲き誇っていま
す。

「こりゃ、えらいことだぞ」。村へ帰った若者は、みんなに話しま
した。村人は次第に、金銀財宝を奪おうと相談になっていきました。
ある時、それぞれが竹槍や鍬(くわ)、鎌などを持って、深夜の闇
にまぎれて一斉に館を襲ったのです。

不意をつかれた信吉一族は右往左往。とうとう全員殺されてしまい
ました。館には火をつけ、村人は次々に財宝を運び出して分配した
という。矢口長者の妻(ひとり娘ともいう)は、丹沢三ツ峰登山コ
ースなっている「御殿の森」まで逃げていきました。しかし、所詮
女性の身、村人に追いつめられてしまいます。

「もはやこれまで」。矢口長者の妻は、頭にさしていた金のかんざ
しでのどを突いて自害してしまいました。さすがに哀れに思った村
人は、「御殿の森」に金のかんざしをご神体とした小さな祠を建て
ました。御殿山にはいまも祠があります。

付近に、その時信吉と村人が戦った(勝負した)所といわれる「勝
負沢」、六百両の財宝を分配した「六百沢」、その財宝を持ちきれず
捨てた「ころがし沢」。ひとり娘が殺された場所が「ハタチ沢」(娘
は二十歳だった)などの伝説にちなむ地名が残っています。

▼長者屋敷キャンプ場【データ】
【所在地】
・神奈川県愛甲郡清川村。小田急線本厚木駅からバス宮ヶ瀬三叉路
下車、歩いて1時間で長者屋敷。地形図にキャンプ場の文字のみ記
載。

【位置】
・長者屋敷:北緯35度29分52.66秒、東経139度13分34.35秒

【地図】
・旧2万5千分の1地形図「青野原(東京)」

【参考】
・『落人・長者伝説の研究』(丹沢山麓の矢口長者伝説)落合清治(岩
田書院)1997年(平成9)
・「尊仏2号」栗原祥ほか(さがみの会)1989年(平成1)
・『新編相模国風土記稿』巻之一図説〜巻之二十三巻之二十三足柄
上郡巻之二早川庄:『大日本地誌大系第36巻・新編相模風土記稿第
1冊』雄山閣編輯局(雄山閣)1932年(昭和7)
・『日本の伝説20・神奈川の伝説』(角川書店)1977年(昭和52)
・『日本の民話・8』(乱世に生きる)宮本常一監修(角川書店)1973
年(昭和48)

ゆ-もぁ画文・イラスト・漫画
山と田園の画文ライター
【とよだ 時】

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