とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼431号 「北ア・燕岳合戦尾根の鬼退治の矢」

【概略】
魏石鬼(八面大王)を退治した坂上田村麻呂の「三十三節ある山鳥
の尾羽根」の矢。それを献上したのは矢村の矢助という男。それは
3年前矢助に助けられ、恩返しに女性の姿になって彼の女房になっ
た山鳥の尾羽だったのです。妻はその時から姿を消しました。
・長野県安曇野市

▼431号 「北ア・燕岳合戦尾根の鬼退治の矢」

【本文】
北アルプスの燕岳(2763m)から続く合戦尾根東側には合戦沢という
ところがあります。ここはその昔、近くの有明山に住んでいた魏石
鬼(ぎしき・八面大王)が、坂上田村麻呂に退治されたところと伝
えます。

この大王の魔力が強く、さすがの田村麻呂も苦戦を強いられます。
そこで田村麻呂も神や仏頼り。常念岳の山麓・栗尾村の満願寺に戦
勝を祈願します。

すると、山鳥の「三十三節」のある尾羽でつくった矢を使って儀式
を退治するようにとのお告げがありました。その山鳥の矢を献上し
たのが矢村の矢助という男。父親を魏石鬼に殺されている矢助は、
甲子(きのえね)の年の甲子の月、甲子の刻生まれだという。

矢助はある時山鳥を助け、その化身の嫁をめとりました。3年後、
田村麻呂の話を聞いた若者は、妻が差し出す「三十三節」のある山
鳥の尾を献上しました。

その尾で作った矢を使い、大王を退治できた田村麻呂は、若者に矢
助の名を与え一生の生活を保障する恩賞を与えたという。

しかし翌日から妻の姿が消えてしまいました。「三十三節の尾羽」
は妻の尾だったという。

「日本伝説集」では、矢助は地元の有明村(いまの穂高町)に住む
老人になっていて、「三十三節の矢」は、やはり以前助けた山鳥に
貰ったものだという説を紹介(『日本伝説大系第七集』)しています。

燕岳は中学校の集団登山の山。毎年夏になると賑やかな行列が続い
ています。大王と田村麻呂の合戦ばなしは、合戦小屋の立て札にも
掲げられ、いつまでも語られていくでしょう。

▼【データ】
【所在地】
・長野県安曇野市穂高(旧南安曇郡穂高町)。JR大糸線からタク
シー、中房温泉から歩いて3時間で合戦小屋。地形図に合戦小屋の
文字のみ記載。付近に何も記載なし。

【位置】
・【合戦小屋】緯度経度:北緯36度23分36.96秒、東経137度43分36.
96秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「槍ヶ岳(高山)」(国土地理院「地図閲覧
サービス」から検索)

【山行】北アルプス単独縦走
・1997年(平成9)8月17日(日・快晴)合戦小屋探訪:1997年(平
成9)8月10日(日)〜18日(月)「新宿駅・大糸線信濃大町駅・扇沢
・針ノ木峠・針ノ木谷・平ノ渡し・奥黒部ヒュッテ・赤牛岳・水晶
岳・雲ノ平・黒部源流・三俣山荘・三俣蓮華岳・双六岳・槍ヶ岳・
西岳・大天井岳・燕岳・合戦尾根・中房温泉−有明駅・松本駅・新
宿駅」

【参考】
・「角川日本地名大辞典20・長野県の地名」市川健夫ほか編(角川
書店)1990年(平成2)
・「新編日本の民話14・長野県」(未来社)1985年(昭和60)
・「日本伝説大系7・中部」(長野・静岡・愛知・岐阜)岡部由文ほ
か(みずうみ書房)1982年(昭和57)
・「日本の民話10・残酷の悲劇」(未来社)1973年(昭和48)
・「日本歴史地名大系20・長野県の地名」(平凡社)1979年(昭和54)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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