とよた 時・山のゆ-もぁ-と(イラスト)
山旅漫歩゚【ひとり画通信】

▼424号 「北八ツ・蓼科山頂の伝説のたて穴」

【概略】
蓼科山の頂上のたて穴から入って諏訪湖の神になったという甲賀三
郎伝説。江戸時代の『立科山見聞留書』という本には「(三郎が入
った)穴にはしめ縄が張ってある」と出ています。もしかしたらい
までも…。あっちの岩の下、こっちの岩陰を調べまくったが見つか
らない。やはり物好きに終わりました。

【本文】は家記にあります。

▼424号 「北八ツ・蓼科山頂の伝説のたて穴」

【本文】
八ヶ岳連峰の最北にそびえ、諏訪富士とも呼ばれる蓼科山(たてし
なやま)。蓼科山の山頂は岩の広場になっていて、祠がひとつ建っ
ています。ここにはこんな伝説があります。

昔、甲賀三郎という人に愛妾がいました。それを知った妻は怒り、
その愛妾を監禁し夫の前から隠してしまいました。驚いた三郎は、
行方不明になった愛妾をあちこち探しました。そのうち、蓼科山の
山頂に大きな穴があるのを見つけました。

三郎は藤づるで篭を作り、こともあろうに綱を妻に持たせて中に入
りました。愛妾を一生懸命探す夫を見て、妻は面白いはずはありま
せん。妻は綱を放して、三郎を穴に置き去りにしてしいまいました。
三郎が入った穴の中には別の世界があって、いろいろな人が歩いて
います。

ひとりの老婆に道を聞きました。いろいろ話すうち、なぜか老婆は
三郎に粟餅をくれました。それを食べているうち、自分が大蛇の姿
になっていることに気づきます。夜になり、神様たちの話し声が聞
こえてきました。

「三郎は冥途の粟餅を食べてしまった。もう人間には戻れない。い
まとなっては、諏訪湖に入って神になった方がいい」。甲賀三郎は
諏訪湖の神なることを決心しました。「今茲(ここ)に寺あり、尾
垂山貞勝寺と称す。遂に諏訪に至り神となれり。諏訪大明神是(こ
れ)なりと」と、長野県北佐久郡の郷土史誌「北佐久郡志」(大正
4(1915)年編纂)にあります。

またいま、諏訪湖が凍ってできる御神渡り(おみわたり)は、甲賀
三郎が本妻のもとに1年、そして愛妾のもとにも1年と通う道だと
もいいます(「南佐久郡口碑伝説集」)。

なお、この話には類話が多く、別の話もあります。甲賀太郎、二郎、
三郎という3兄弟が同時にそれぞれ妻を迎えました。そのなかの甲
賀三郎の妻は美しく、優しいので兄たちはうらやみ、ねたみました。
兄たちはそんな弟の妻を自分のものにしようと共謀、三郎を狩り
に誘い出し、蓼科山の底なし穴に突き落としたというものもありま
す(「北佐久郡口碑伝説集」)。

あるときこんなものを見つけました。「(山頂の)中程に八子王権現
の社有り…右社之前石之間に水有り(少量だったがうがいしたりお
茶などに使った)…社の後戌亥の方出先ニ甲賀ノ三郎這入候由石之
間ニ穴有り、七五三縄はり有之」。江戸時代宝暦4(1754)年の「立
科山見聞留書」という文書です。

もしかしたらいまでもしめ縄が張ってまつられているかも知れな
い。そんなことから物好きにもわざわざ行って探してみました。山
頂は大岩が積んだようになっており確かにたて穴がありそうです。
祠のまわりやあっちの岩の下、こっちの岩陰を調べまくりましたが
たて穴はおろか水も見つかりませんでした。

いまでは地元の人もしめ縄を張らなくなってしまったのでしょう
か。それともやはり物好きは物好きに終わったのでしょうか。

▼蓼科山【データ】
【山名】たてしなやま。
・異名:立科山(たてしなやま)、諏訪富士(すわふじ)、高井山(た
かいやま)、飯盛山(いいもりやま)、位山(くらいやま)。

【所在地】
・長野県北佐久郡立科町と同県茅野市との境。JR中央線茅野駅か
らバス・親湯入口から歩いて4時間30分で蓼科山。一等三角点(253
0.3m)と蓼科神社の奥宮がある。地形図に山名と三角点の標高、
蓼科山頂ヒュッテの記載あり。三角点より北東方78mに蓼科山頂ヒ
ュッテがある。

【位置】
・三角点:北緯36度06分13.42秒、東経138度17分42.23秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「蓼科山(長野)」

【山行】
・某年9月10日(木曜日・晴れ) 時探訪

【参考】
・「北佐久郡口碑伝説集」北佐久教育会編(長野信濃毎日)1934年
(昭和9)
・「北佐久郡志」(長野県北佐久郡(きたさくぐん)の郷土史誌):
大正4年(1915)に当時の長野県北佐久郡役所によってつくられた
もの
・『信州山岳百科・2』(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)
・「立科山見聞留書」宝暦4(1754)年(江戸時代)
・『日本歴史地名大系20・長野県の地名』(平凡社)1979年(昭和54)
・『日本伝説大系・7』長野担当・岡部由文(みずうみ書房)1982
年(昭和57)
・「南佐久郡伝説集」南佐久郡教育会(信濃毎日新聞)1939年(昭
和14)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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