とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼422号 「尾瀬・三条の滝のカメラマン」

・【概略】
只見川源流の落差90mの「三条の滝」。尾瀬に入った人は必ずとい
っていいほど訪れる滝だ。しかし展望台ではアマチュアカメラマン
が好位置に陣取っていて記念写真もままならない。2日前に滝つぼ
に落ちた人がいたという。
・群馬県利根郡水上町と新潟県北魚沼郡湯之谷村との境

▼422号 「尾瀬・三条の滝のカメラマン」

【本文】
福島、群馬と新潟県の3県にまたがる尾瀬沼・尾瀬ヶ原。高層湿原
と池塘・浮島。それにミズバショウ、ザゼンソウなどからはじまり、
シャクナゲ、オゼコウホネ、ニッコウキスゲ、そしてヤナギラン、
オゼヌマアザミ、ワレモコウ、エゾリンドウと9月末まで高山植物
の花々にいろどられます。

毎年60数万人もの観光客が訪れ、その環境も問題になっています。
ここは昔は会津側では小瀬(おぜ)、上州側では尾瀬と書かれてい
たといいます。

一説に昔、安倍三太郎という人がここで稲作をしていましたが、ど
こよりも早く収穫できて「早瀬(わせ)」といったのが「尾瀬」に
転訛したともいう。しかしここ尾瀬では米が作れないことが分かっ
ているという。実際に尾瀬で稲作をしてみた人がいるんですねえ。

ある7月、尾瀬沼にテント泊、尾瀬ヶ原をめぐり平ヶ岳をめざしま
した。尾瀬ヶ原は、聞きしにまさる人の数。2列にならんだ木道を
アリの行列よろしく、ただ歩くのみ。下田代十字路など休憩所はす
わる所もないありさま。

原からはずれた三条の滝も同様で、展望台ではアマチュアカメラマ
ンが好位置にならんで動かず、記念写真を撮るにも退いてくれませ
ん。仕方なくカメラマンたちをバックにシャッターを押す有り様。

こんな状態が続いているのか、隅にに立てられた新しい看板には手
すりより外へ出ないよう書いてあります。2日前に滝つぼに落ちた
人がいたという。

滝を撮りたくて手すりより外に身を出したのでしょうか。それでも
落差約90mの断崖から一気に落下するありさまはさすがの迫力で
す。

この人なみからはずれ、只見川沿いに小沢平方面へ移動します。そ
してワラビの生えた小平地にテントを張りやっと山へ来た気分を取
り戻しました。あの騒ぎは何だったのでしょうか。明日は早立ちし
て平ヶ岳をめざします。

▼【データ】
【所在地】
・福島県南会津郡桧枝岐村と群馬県利根郡片品村・新潟県魚沼市旧
湯之谷村各地区名(旧北魚沼郡湯之谷村)との境。JR上越線沼田
駅からバス戸倉乗り換え・鳩待峠から歩いて3時間30分で三条の
滝。付近に何も記載なし

【位置】
・【三条の滝】緯度経度:(緯度経度:北緯36度57分59.01秒、東
経139度14分57.39秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステ
ム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「燧ヶ岳(日光)」or「尾瀬ヶ原(日光)」(2
図葉名と重なる)(国土地理院「地図閲覧サービス」から検索)

【山行】尾瀬から平ヶ岳山行
・第2日目:1997年(平成9)7月20日(日・快晴、雷雨):1997
年(平成9)7月19日(土)〜22(火)「上野駅・沼田駅・大清水・
三平峠・尾瀬沼・尾瀬ヶ原・三条の滝・平ヶ岳・奥只見ダム・銀山
平・小出駅・越後湯沢駅・上野駅」:家内と同行

【参考】
・「尾瀬の昔と今」小暮理太郎:『日本山岳風土記・5』(宝文館)19
60年(昭和35)所収
・「尾瀬むかしむかし」第2集(南雲観光物産)
・「日本歴史地名大系10・群馬県の地名」(平凡社)1987年(昭和62)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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