山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼387号 「北ア・黒部五郎岳不思議な山名」

【概略】
この山を富山では鍋山、岐阜側では中俣岳と呼ぶのに、境界外の信
州側での呼び名「黒部五郎岳」が定着しまっています。1910(明治43)
年、中村清太郎が信州の上高地の案内人嘉門次から聞いた山の名前
をそのまま登山記に書いてしまったものが一般に広まっていったの
だそうです。
・富山県富山市と岐阜市高山市との境

▼387号 「北ア・黒部五郎岳不思議な山名」

【本文】
岐阜県高山市と富山県富山市の境にある北アルプス黒部五郎岳(く
ろべごろうだけ・2840m)は、高天原から黒部川源流を隔てて南
側のあり、えぐれた大カールが特徴です。

黒部五郎岳の「五郎」は、同じく北アルプス裏銀座コース上にある
野口五郎岳(長野・富山県境)と同じく、岩石がゴロゴロ重なって
いる意味のゴーロ山のことだそうです。ところで黒部五郎の呼び方
は信州(長野県)側の言い方だそうです。

この山はかつて岐阜県側では、中ノ俣川源頭にあるので中ノ俣岳(な
かのまただけ)、同じ岐阜県でも双六谷側の人はマル岳と呼ぶ(「旅
と伝説」)という。

また富山県側では、カールを鍋が欠けたような形にみえることから
鍋山といっていたそうです。

それがなぜかこの山の境界に入っていない信州側でいう黒部五郎岳
になってしまっています。

明治時代の画家で登山家の中村清太郎という人が、ある時、後立山
連峰(うしろたてやまれんぽう)の白馬岳(しろうまだけ・2932m)
からこの山を見て興味を持ちました。

そして名ガイドとして有名な上高地の嘉門次に会ったとき、その山
の名前を聞いたのだそうです。嘉門次は信州の人間ですから、当然、
黒部五郎岳だと教えます。

中村清太郎は、1910年(明治43)、北アルプス薬師岳方面から縦走
してきてこの山に登りました。地元の呼び方を知らない中村清太郎
は、そのまま「登山記」に黒部五郎岳として世の中に紹介しました。
それからというもの黒部五郎岳がこの山の名前として定着してしま
ったということです。

山の名前というのはこんな偶然で決まってしまうこともあるのです
ね。なお、「日本山名事典」によると、黒部五郎岳の五郎とは富山
側の山村の方言で、山中の岩のガラガラしたところを「ゴーロ」と
呼ぶことによるそうです。

 ある年の夏、黒部五郎キャンプ場にテントを張りました。ゴボッ
ゴボッと豊富な水が樋から流れ出ています。いつも水の残りを心配
している山岳縦走者にとって近くに豊かな水があるのは安心です。
翌日彼方に見える黒部五郎を目指しました。黒部乗越からコバイケ
イソウなど高山植物を見ながらゴロゴロした岩が転がる歩きづらい
登山道を進みます。

 山頂への急登直前にちょっとしたカールがあり、雪が残っていま
した。黒部五郎岳は360度の大展望。雲ノ平から三俣蓮華岳、鷲羽
岳、水晶岳、薬師岳などが指呼のうち。十分に楽しんだ後、「そう
だ。カールの残雪で遊ぼう」。テント場につけば「家」が待ってい
る…。それからしばらくは、すっかり童心に返らせてもらいました。

▼黒部五郎岳【データ】
・【異名、由来】:くろべごろうだけ。黒部にあるゴロゴロした岩の
ある山。鍋岳。岐阜県側では中ノ俣岳。

【所在地】
・富山県富山市旧大山町各地区名(旧上新川郡大山町)と岐阜県高
山市上宝町(旧同県吉城郡上宝村)との境 富山地方鉄道有峰口か
らバス、折立から歩いてのべ11時間で黒部五郎岳。三等三角点(標
高2839.6m)がある。地形図に黒部五郎岳(中ノ俣岳)の文字と三
角点の標高のみ記載。

【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第51番選定):日本二百名山、日本
三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(×選定外)
・田中澄江選定(1981年)「花の百名山」(第71 番選定・チングル
マ)
・田中澄江選定(1995年)「新・花の百名山」(×選定外)

【位置】
・三角点:(標高2839.6m、三等三角点)。【緯度経度】北緯36度23
分33.32秒、東経137度32分23.71秒(電子国土ポータルWebシステム
から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「三俣蓮華岳(高山)」。5万分の1地形図
「高山−槍ヶ岳」

【山行】
・某年8月9日(火・快晴)黒部五郎岳探訪

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)1
979年(昭和54)
・「角川日本地名大辞典21・岐阜県」野村忠夫ほか編(角川書店)1
980年(昭和55)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「旅と伝説」三元社(1942年(昭和17)1月号)
・「富山県山名録」橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本歴史地名大系16・富山県の地名」(平凡社)1994年(平成6)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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