山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼377号 「八ヶ岳・行者小屋と大同心小同心」

【概略】
赤岳周辺は日ノ岳・鉾岳・釈尊峰・三又峰・無名峰・主峰・小同心
・大同心がある。このほか大権現・地蔵仏・阿弥陀岳など周辺の山
や岩峰は仏さまや人体に見立てた名前が多い。奥ノ院を中心にした
陣の外側を足軽・同心たちが固めるようになっている。
・長野県茅野市

▼377号 「八ヶ岳・行者小屋と大同心小同心」

【本文】
八ヶ岳は、八つの峰からその名があるといいます。江戸時代・天
明年間(1781〜1789年)の『甲斐名勝志』(萩原元克編)に「此山
西は信濃国諏訪郡北は佐久郡なり嶺分かれて八有故に八カ嶽と云」
とあります。

また江戸後期の『甲斐叢記(かいそうき)』(別名『甲斐名所図会』)
大森快庵(おおもりかいあん)(嘉永1年・1848)では「八岳 又谷
鹿岳と作く長沢、西井出、谷戸、小荒間、上笹尾、小淵沢等の諸村
の北に峙(そば)立て檜峰(権現岳トモ云)、小岳、三頭岳、赤岳、
箕蒙岳、毛無岳、風三郎岳、編笠山等八稜に分かるゝゆえに此名あ
り」とあり、峰の名前まで明記してあります。

ところが書物によって8つの峰々が違ってきます。長野県の諏訪地
方に行くとまたがらっと変わります。そりゃそうでしょう。ふもと
から見える峰はその地方その地方で違いますからねえ。でもよく8
つにこだわったものです。

「八」という字の「末広がり」の形がよほど気に入ったのでしょう
か。それとも、日本の神の数とされる八百万(やおよろず)からか、
あるいは権現岳に祭られている八雷(やついかずち)に由来すると
いう人もいます。しかし地形からの説では谷間を意味する「ヤツ」
ないし「ヤト」から派生したと考えるのが自然ではないかともいわ
れています。

この連峰の夏沢峠を境に、南を南八ヶ岳、北を北八ヶ岳としていま
す。その主峰は赤岳。赤岳は南峰と北峰に別れ、山肌が赤褐色を
しています。まさに赤岳です。山頂には赤岳神社の神祠があり、
天手力男命(あめのたぢからおのみこと)と金山毘古神(かなや
まひこのかみ)などと、愛染明王(あいぜんみょうおう)などが
まつられています。

その赤岳を中心にして横岳、硫黄岳とつづく扇状の岩峰は山岳信仰
で有名な戸隠山によく似ています。赤岳神社の祭神が神仏ごっちゃ
であることから分かるようにかつてはここも修験の道場だったそう
です。阿弥陀岳西方の御小屋山(御柱山)は、道場の前山にあた
り、阿弥陀岳、赤岳は奥ノ院なのだそうです。

その根もとにある行者小屋。かつては名前の通り行者たちが泊ま
る小屋だったという。赤岳、横岳を中心にした山岳信仰は江戸時
代中期から急激に盛んになり、末期に最盛期を迎えたという。修
験道の祖は役ノ行者小角(おづぬ)です。ここ行者小屋周辺で「神
変大菩薩」と彫られた石が発見されているという。

神変大菩薩とは小角のこと。役ノ行者小角は、1100年忌にあたる
1799年(寛政11年)に光格天皇から「神変大菩薩」という諡号(し
ごう)を贈られています。

一方、横岳はいくつの峰に分かれています。その名は明治時代以
降つけられた山全体の呼び方で、江戸時代以前は峰個々の名がつ
けられていたといいます。現在の峰々は赤岳側から日ノ岳、鉾岳、
釈尊峰、三又峰、無名峰、主峰、小同心、大同心とあり、このほ
かに硫黄岳寄りに三つの無名峰があります。

このほか大権現、地蔵仏、阿弥陀岳など周辺の山や岩峰は仏さま
や人体に見立てた名前が多い。奥ノ院を中心にした陣の外側は、
同心や足軽たちで固めるようになっています。

赤岳の北方、横岳から硫黄岳までの間は、お花畑が広がり、シーズ
ンになるとコマクサやウルップソウ、クロユリなどが咲き誇ります。
近年発見されたこの山の新植物の種類には、種が19、変種22、品
(ひん)も6品種あるそうで、まさに高山植物の宝庫となっていま
す。

▼八ヶ岳行者小屋【データ】
【所在地】
・長野県茅野市。JR中央本線茅野駅からバス、美濃戸口から歩い
て2時間30分で行者小屋。キャンプ場がある。地形図上には小屋
名と建物記号の記載あり。付近に何も記載なし。

【位置】
・【行者小屋】緯度経度:北緯35度58分44.47秒、東経138度21
分52.25秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検
索)

【地図】
・2万5千地形図「八ヶ岳西部(甲府)」

【山行】
・某年5月6日(月・快晴)行者小屋探訪

【参考】
・「信州山岳百科・2」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本歴史地名大系20・長野県の地名」(平凡社)1979年(昭和54)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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