とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼373号 「北ア・赤牛岳寝そべる牛」

【概略】
赤牛岳は、牛が寝ているような山容からついた名前だとか。山肌が
赤いため、江戸時代から地図には朱色を塗って特殊性を強調してい
た。ふもとの村人は神秘的な赤牛岳のことを赤牛三吉と人の名前で
呼び、三吉はこの山に住んでいると伝えている。
・富山県富山市

▼373号 「北ア・赤牛岳寝そべる牛」

【本文】
北アルプス読売新道の赤牛岳(あかうしだけ)は、アルプス裏銀座
縦走路からはずれていて、人があまり訪れないやまです。不遇とい
えば不遇の山ですね。

山の名はその形が牛が寝ているようだというのでついた名前だと聞
きます。さらにこの山は、山肌が赤いため江戸時代から地図にこの
山だけ朱色を塗って特殊性を強調されていたという。昔の人も特殊
な山だと思っていたようです。

富山県富山市芦峅の村民は赤牛岳のことを赤牛三吉と人の名前で呼
び、三吉はこの山に住んでいると伝えているのだそうです。三吉と
は信州の杣(そま・きこり)の名で、江戸時代の1775(安永4)年、
三吉が長野側から入り、ひそかに富山側の山中で木材を盗伐してい
たという。

ところが加賀藩の役人に見つかり逮捕、勾留された事件があったそ
うです。それ以来、三吉小屋場(烏帽子岳付近)とか三吉谷(東沢
支谷)、また三吉道(三吉が盗みに入った道)などの地名ができた
という。

こんなことから赤牛岳の山名に三吉をつけて赤牛三吉と呼ぶように
なったといいます。さらに、よく言われる「山鬼伝承」も重なり、
赤牛岳は神秘の山として有名になったという。

ある夏、針ノ木谷を下り、黒部湖の最奥平ノ渡しから読売新道の急
で長い急坂を登って、赤牛岳から水晶岳、雲ノ平を目指したことが
ありました。なるほど、赤い花崗岩質でできています。

小雨が降りだし面倒だと思いながらザックから雨具を取りだし着は
じめます。ザックカバーもつけ遠くを望むと、水晶岳の手前にゆっ
たりと大きな赤牛岳が寝そべっている感じです。

赤い地肌は確かに印象的で特異な感じがします。ことによったら赤
くなったのは、直下の高天原温泉に入りすぎてのぼせたのではない
でしょうか??。(笑)

ちなみに「読売新道」とは1961年(昭和36)、読売新聞社が北陸
支社を設置する際、読売新聞中興の祖である正力松太郎(富山県射
水郡枇杷首村・のちの大門町、現射水市)の出身地に近い高岡市に
支社を開設しました。

それを記念して登山教室などを含めた立山大集会を開催。その一環
として地元の山岳ガイドらの協力で、5年間を費やして完成させた
という。

黒部湖上流の奥黒部ヒュッテから、赤牛岳を経て水晶岳近くの水晶
小屋までを結ぶ全長約11キロの登山道。北ア最奥部を踏破するル
ート( 2009年7月24日付け 読売新聞)。

▼赤牛岳【データ】
【山名】
・【異名、由来】:異常な山色から山鬼の山とおそれられ、信州の木
こり三吉が盗伐して役人に逮捕され、赤牛三吉・赤牛岳と呼ぶよう
になった。

【所在地】
・富山県富山市旧大山町各地区名(旧上新川郡大山町)。大糸線信
濃大町駅の南西23キロ。JR高山本線高山駅からバスで新穂高温泉、
さらに歩いてのべ17時間30分で赤牛岳。三等三角点(2864.2m)が
ある。そのほかは何もなし。地形図に山名と三角点の標高にみ記載。
付近に何も記載なし。

【名山】
・深田クラブ選定「日本二百名山」(選定):日本百名山以外に10
0山を加える・日本三百名山にも含まれる。

【位置】
・三等三角点:北緯36度27分41.83秒、東経137度36分11.74秒(電
子国土ポータルWebシステムから検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「薬師岳(高山)」。5万分の1地形図「高山
−槍ヶ岳」

【山行】
・1997(平成9)年8月13日(水・くもり)赤牛岳探訪:1997(平成
9)年8月10日(日)〜18日(月)「大糸線信濃大町駅、扇沢、針ノ木
峠、針ノ木谷、平ノ渡し、奥黒部ヒュッテ、赤牛岳、水晶岳、雲ノ
平、黒部源流、三俣山荘、三俣蓮華岳、双六岳、槍ヶ岳、西岳、大
天井岳、燕岳、中房温泉、有明駅」北アルプス縦走(単独)

【参考】
・「富山県山名録」橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本歴史地名大系16・富山県の地名」(平凡社)1994年(平成
6)
・「黒部の昔話」(立山黒部貫光)
・「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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山旅イラスト【ひとり画信】
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