とよた 時・山のゆ-もぁ-と(イラスト)
山旅漫歩゚【ひとり画通信】

▼367号「奥多摩・駅前の愛宕神社天狗碑」

【概略】
奥多摩駅前にそびえる愛宕山。山頂に建つ愛宕神社は京都の愛宕神
社の末社。本家の京都愛宕神社には日本八天狗の筆頭の栄術太郎坊
がいる。ここ奥多摩の愛宕神社にも鳥居の前にはちゃっかり大天狗
とカラス天狗の石像が建っている。

▼367号「奥多摩・駅前の愛宕神社天狗碑」

【本文】
JR青梅線の奥多摩駅前には愛宕山(あたごやま・507m)が突き
立つようにそびえています。山頂には愛宕神社がまつられ、長い階
段と五重塔、平和の鐘、戦没者の慰霊塔があります。江戸幕府を開
いた徳川家康が、京都からご神体を分けてもらい、江戸に愛宕神社
(東京・港区)を開きました。奥多摩の愛宕神社はその分家だそう
です。

京都愛宕山といえば火防せと天狗の山として有名です。全国にある
愛宕山・愛宕宮・愛宕町・愛宕通りなどの名前はみな、京都の愛宕
からきた名前です。奥多摩の愛宕神社もその例からもれません。京
都愛宕神社には日本八天狗(日本の代表的な天狗)の筆頭の栄術太
郎坊をはじめ、名前があるような特別な大天狗が八天狗もいること
になっています。

この大々天狗・愛宕山太郎坊が天狗になる前の人物は誰か?これに
ついてはいろいろいわれていますが、一説には弘法大師の十大弟子
のひとり真済(しんぜい)上人(紀僧正・800〜860)だとされてい
ます。

上人はこともあろうに、第55代文徳(もんとく)天皇(在位850〜8
58)の女御(にょうご・天皇の寝室に侍した位の高い女官)の染殿
皇后(藤原明子・ふじわらのめいし・829〜900)を恋い慕っていま
した。そしてついに焦がれ死にし、その怨念が凝り固まって天狗の
姿になったものともいわれています。

また一説に聖徳太子の師匠である日羅(にちら・?〜583年)だと
する説もあります。日羅は朝鮮半島にあった百済の王に仕えた日本
人。第30代敏達(びだつ)天皇(在位572〜585)の要請で583年
日本に帰国し、朝鮮半島に対する政策について朝廷に奏上していま
したが、その内容が百済にとって不利だというので、結局日羅は百
済人によって暗殺されています。

またインドの魔王天狗が日本にきて愛宕山にすみつき、住民を悩ま
していたのを役行者と泰澄上人に折伏(しゃくぶく)され、山を守
る神になったのだとか、その時の縁で泰澄が化身したという説もあ
ります。しかし、やはり本当のところは愛宕の山神、または地主神
と見るのが妥当であろう(『天狗の研究』)と研究者はいっています。

こんな訳で当然奥多摩の愛宕神社も火防せと天狗の山です。その証
拠に山頂鳥居の前にはちゃっかり大天狗とカラス天狗の石像が建っ
ています。奥多摩町鳩ノ巣集落で見かけたお札にも、大天狗カラス
天狗像の絵と一緒に「武蔵国調布氷川 火防盗賊除 開運御守護 
愛宕神社御眷属」の文字が描かれていました。祭神は火産霊神にな
っていますがもとのご神体は自然石だったそうです。

ふもとの町に火事がある時は「愛宕山に火柱が立つ」といわれてい
ます。ここには白髭神社と阿羅波婆岐社という社を合祀しています。
8月第2土曜日に頂上から花火が打ち上げられるそうです(奥多摩
納涼花火大会) 。いま愛宕神社の管理は近隣の神社の宮司さんが行
っているということです。

▼奥多摩愛宕山【データ】
【所在地】
・東京都西多摩郡奥多摩町。JR青梅線奥多摩駅から徒歩10分で愛
宕山愛宕神社。写真測量による標高点(597m)がある。

【位置】
・標高点:北緯35度48分14.92秒、東経139度05分49.95秒

【地図】
・旧2万5千分の1地形図「奥多摩湖(東京)」

【山行】
・某年4月21日(日曜日・快晴)奥多摩山行時探訪

【参考】
・「奥多摩風土記」大館勇吉著(武蔵野郷土史研究会)1975年(昭
和50)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳(三樹書房)1977年(昭和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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