山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼332号 「長野県・姨捨山(冠着山)のフキノトウ」

・【概略】
「大和物語」の姥捨て伝説や「古今和歌集」にも詠われている、名
月の山としても有名な姨捨山。天の岩戸を担いできた手力男命がこ
こで冠をつけたというので冠着山ともいう。フキノトウがたくさん
生えている広場でテントを張っていたらミミズクが何のつもりか挨
拶に来た。
・長野県千曲市と筑北村の境

▼332号 「長野県・姨捨山(冠着山)のフキノトウ」

【本文】
平安中期の天暦5年(951年)頃までに成立したとされる『大和物
語』(第一五六話)や、『今昔物語』(信濃国姨母棄山語第九)(平安
時代後期)などに出てくる姨捨伝説の姨捨山(おばすてやま・標高
1252.2m)。長野県千曲市と筑北村の境にある山です。いまは冠着
山(かむりきやま)の名がついています。

山頂には冠着神社があって、裏手のくぼ地には冠着山権現の石祠が
建っています。祠は東筑摩郡坂井村側を向いており、坂井村の人た
ちが建てたことを示しています。山の名前は『古事記』にある「天
の岩戸がくれ」神話ので活躍した力持ちの神・天手力男命(あめの
たぢからおのみこと)が、ここでずれた冠を着けなおしたという伝
説に由来しているそうです。

ここはまた、名月の山としても有名で、『古今和歌集』巻十七(平
安時代初期の延喜5(905)年成立?)に「わが心なぐさめかねつ
さらしなやをばすて山に照る月をみて」(読人不知)とうたわれて
います。

面白いことに、これらに出てくる「姨捨山」というの場所について
いろいろな説があるようで、いまの冠着山の場所のほかに、長野市
篠ノ井塩崎の小長谷山だとする(吉田東伍『大日本地名辞書』の説)
があります。

もうひとつは八幡放光院長楽寺。ここは田毎の月で有名な更埴市の
姨捨駅の付近のお寺で、境内に姥岩(姨石)と呼ばれる巨岩があっ
てそれを姨捨山といったそうで、3ヶ所もの異説があります。

江戸時代後期の『遠山奇談』(とおやまきだん)という本では、「…
さて又(姨捨山を)冠嶽といふものあり。其麓の丘に大なる巌石あ
り。是を姨石(をばいし)といふ。横十間余高さ三丈余 此の石の
うへに庵を建たり。満月庵といふ二間四面庫裏(くり)三間半本尊
は正観音。又放光院長楽寺と號す。

山は東西に横たをれ、西北にひらく、ちくま河巳午(みむま)より
来りて、又艮の方へ流行。月みちたる夜は銀蛇(ぎんじゃ)の躍(お
どる)やうに見へて、中々たぐひなき絶景也。されば人ざと遠くし
て、あはれ深し。秋は月のみにたぐひなき所也。正徳寳永のころ、
ひとりの雲水僧此所にとゞまり、いとやさしくすみなせり。

此地はしぐるゝ月の空より雪つもりて庵(いほ)さす姨捨山。入相
の鐘なりておとづるゝ物なし。しかはあれど、折々は盗賊来りて物
をむさぼる。一通りの僧などは、住ことかけがはず。さるによつて
大丈夫(よのすねもの)の僧ならでは、住逐ざる也」(ちょっと引
用が長すぎたか)などと書かれ、長楽寺のことや盗賊が現れたこと
なども記されています。

姨捨山山頂への林道のまわりはマツタケが生える山らしく、無断で
採ると罰金何百万円だとかいう手書きの看板がたくさんあります。
うねうねと曲がった林道をやっと登りついた山頂。4月フキノトウ
がたくさん生えている広場でテントを張っていたらミミズクが何の
つもりか挨拶に来ました。

▼姥捨山【データ】
【山名・地名】
・冠着山(かむりきやま)、姨捨山(おばすてやま・うばすてやま)、
冠山(かぶりやま)、古名更級山、俗名チョボ山。手力男命がこの
山で休み、冠を正したため。棄老伝説。

【所在地】
・長野県千曲市戸倉(旧埴科郡戸倉町)、同県千曲市上山田(旧更
級郡上山田町)、同県東筑摩郡筑北村(旧東筑摩郡坂井村)との境。
しなの鉄道戸倉駅の西5キロ。JR篠ノ井線冠着駅から歩いて1時
間30分で冠着山(かむりきやま・姨捨山)。三等三角点(1252.2m)
と冠着神社がある。地形図に山名冠着山(かむりき・姥捨山)と三
角点の標高と神社記号(鳥居)の記載あり。

【位置】
・三角点:北緯36度28分07.9秒、東経138度06分23.9秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「麻績(長野)」

【参考】
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・『古今和歌集』(古今集とも)平安時代の延喜5(905)年成立?
・『今昔物語集』信濃国姨母棄山語第九:日本古典文学全集24『今
昔物語』(1〜4)馬淵和夫ほか校注・訳(小学館)1995年(平成7)
・『遠山奇談』(浄林坊辨惠著)筆名華誘居士(江戸時代後期成立)
:「日本庶民生活史料集成」第16巻(奇談・紀聞)(山一書房)1989
年(平成元)
・『日本伝奇伝説大事典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成
2)
・『日本歴史地名大系20・長野県の地名』(平凡社)1979年(昭和54)
・『大和物語』(百五十六):校注古典叢書『大和物語』安倍俊子・
校注(明治書院)2001年(平成13)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
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