とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼317号 「西丹沢・権現山のミツバツツジ」

【概略】
ある年のゴールデンウィーク、新緑とツツジを愛でて西丹沢を徘徊
した。一軒家避難小屋で1泊し、畦ヶ丸から権現山をまわった。買
ったばかりの不安定な布ぐつ。権現山の満開のミツバツツジの紅紫
色の花の下、急坂の下りで膝を痛めた。
・神奈川県山北町

▼317号 「西丹沢・権現山のミツバツツジ」

権現という名のつく山は、「日本山名事典」(三省堂)をみると権現
尾、権現越、権現堂、権現森などを含めて114座もあります。

権現とは仏・菩薩がこの世を救うため、神という仮(権)りの姿で
表(現)われることだという。

もとはヒンズー教の神の権化信仰でしたが、平安時代に日本の本地
垂迹説(ほんぢすいじゃくせつ)と結合、神々に権現の称号をつけ
るようになったのだという。

明治維新のまっただ中に施行された神仏分離令は、廃仏毀釈(排仏
棄釈・はいぶつきしゃく)の嵐を生み、暴徒によってお寺は焼かれ、
仏像はぶっ壊される事態に発展しました。

しかし、このようにして権現名は廃止はされましたが、民衆の心の
中には、神社名、とくに山の名前としてまだまだ生きています。

♪守れ権現夜明けよ霧よ、山は命の禊(みそぎ)ぎ場所…と山の歌
でも歌われているのはご存じのとおりです。

権現山はここ神奈川県西丹沢でも、丹沢湖北西湖畔と西丹沢自然教
室西側にとふたつもあります。丹沢湖畔の権現山は、自然教室近く
の権現山に対する前権現になっているといいます。

ある年のゴールデンウィーク、新緑とツツジを愛でて西丹沢を徘徊
しました。

大滝橋から林道に入り、一軒家避難小屋で1泊。畦ヶ丸から権現山
をまわりました。

買ったばかりの不安定な布ぐつをはいたのが悪かったのか、権現山
の満開のミツバツツジの紅紫色の花の下、急坂の下りで膝を痛め西
丹沢自然教室あたりから足を引きずりはじめました。

それでもゴーラ沢から檜洞丸・同角ノ頭を経てユーシンへ下り、小
さな沢のほとりにテントを張り一夜を過ごしました。そしてついに
塔ノ岳への計画はあきらめ、林道を玄倉へ避難しました。

それにしてもあの林道の途中の青崩隧道は明かりがなく、トンネル
の中で何回かカーブしているため、ヘッドランプを用意していない
と行くたびに面食らいますね。

▼【データ】
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町。小田急小田原線新松田駅からバス、西
丹沢終点下車、歩いて2時間15分で西丹沢権現岳。写真測量による
標高点(1138m)がある。そのほかは何もなし。地形図上には標高
点の標高のみ記載。付近に何も記載なし。

【位置】
・【標高点】緯度経度:北緯35度28分6.24秒、東経139度02分54.45
秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「中川(東京)」

【山行】
・1995年(平成7)5月5日(金・雨):【1995年(平成7)5月4
日(木)〜5月7日(土)「新松田駅・大滝橋バス停・一軒家避難小屋
・大滝峠・畦ヶ丸・権現山・西丹沢自然教室・ゴーラ沢・檜洞丸・
同角ノ頭・ユーシン・道すじの沢でテント・玄倉・新松田駅」家内
と縦走

【参考文献】
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・「民間信仰辞典」桜井徳太郎(東京堂出版)1984年(昭和59)
・「角川日本地名大辞典14・神奈川県」伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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