とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼303号 「奥武蔵・竹寺の牛頭天王像」

【概略】
ここ奥武蔵・竹寺は、明治の廃仏棄釈の破壊からも逃れることがで
きた所。戦前陸地測量部の地形図には神社かお寺か分からず、神社
の記号をつけてあるとか。本尊は牛頭天王。ここで出す「蘇民将来」
のお守りは疫病除けにご利益があるという。
・埼玉県飯能市

▼303号 「奥武蔵・竹寺の牛頭天王像」

毎年6月30日に行われる「名越の祓え」のとき、寺院にある大きな
チガヤで作った「茅の輪」をくぐって身のけがれをはらいます。そ
の昔、神(牛頭天王・ごずてんのう)が旅の途中に日が暮れ、付近
の家々に宿を頼んだがみな断られてしまいます。

しかし、最後に寄った貧しい蘇民将来(そみんしょうらい)という
家は手厚くもてなしてくれました。後日、再び神が訪れ、その時の
お礼だといって悪病のまじないの茅の輪をいざという時、腰につけ
るように言って帰りました。

その夜、急に疫病がはやり出し、他の村人はみな死んでしまいまし
たが、蘇民将来の家族だけは神からもらった茅の輪を腰につけてい
たので助かったという伝説があります。

ここ奥武蔵・竹寺は、伊豆ヶ岳から子ノ権現とつなげて絶好のハイ
キングコース。休日などはザックを背負った多くの人たちが、名物
の山菜料理を食べに訪れます。

先日、紅葉まっ盛りのなか山岳雑誌の取材の途中、伊豆ヶ岳から子
ノ権現経由で竹寺を訪れました。週日ということもあって数えるほ
どの人しかいませんでした。

竹寺は正式には天王山八王子といい神仏混合のお寺です。山深かっ
たおかげで、明治の廃仏棄釈の破壊からも逃れることができた所。
神仏混合のため戦前陸地測量部がつくった5万分の1の地形図には
神社かお寺の分からずに迷ったのか神社の記号をつけてあるとか。

本尊は牛頭天王で、ここで出す「蘇民将来」のお守りは疫病除けに
ご利益があるといわれ、境内には角の生えた牛頭天王の像が胸を張
って建っていて、裏側にあるお寺の「鳥居」には大きな茅の輪がか
けてあります。

奥の院の金比良(こんぴら)神社は、あの平将門を討伐した藤原秀
郷がその記念に祭ったものだそうな。その裏山には鐘撞き堂があり、
名栗の村々を望める別天地。

思わず撞いた鐘の大きい音に自分でビックリしました。牛頭天王を
祭った本殿は1999年2月の火事により焼失。現在再建中です(1995
年(平成7)11月現在)。

そばに建っている牛頭天王の形に彫刻した大木の半分焼け、片側の
角がなくなってのが無惨でした。鳥居につけられた茅の輪をくぐり
ながら「宝くじに当たりますよう・病気になりませんよう・小遣い
が増えますよう・髪の毛がもっと増えますよう・あれもこれも…
…」と数え切れないほど頼んできました。

ところがあとでパンフを見ると「ご利益:家内安全・交通安全・牛
体守護・開運厄徐」とありました。何だこれだけ??。あれもこれ
ものお願いはどうなっちゃうのでしょうか。

▼【データ】
【所在地】
・埼玉県飯能市。西武池袋線飯能駅からバス小殿下車、歩いて1時間
で竹寺(医王山薬寿院八王寺)。地形図に寺名と桜久保の地名のみ記
載。付近に何も記載なし。

【ご利益】
・【竹寺】:家内安全・交通安全・牛体守護・開運厄徐

【位置】
・【竹寺】緯度経度:北緯35度53分24.57秒、東経139度11分
31.85秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「原市場(東京)」(国土地理院「地図閲覧サー
ビス」から検索)

【山行】子ノ権現から竹寺
・日帰り:1995年(平成7)11月25日(土・晴れ)「本八幡駅・
秋葉原駅・池袋駅・西吾野駅・子の権現・豆土峠・鐘楼堂・竹寺・
中沢・長久保坂・前坂・西武メモリアルパーク・吾野駅・池袋駅・
秋葉原駅・本八幡駅」:家内と同行

【参考】
・「郷土資料事典・埼玉県」ふるさとの文化遺産(人文社)1997年
(平成9)
・「竹寺パンフ」(天台宗 医王山 薬寿院 八王寺)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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