とよだ 時 「山の伝説伝承」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼298号 「北ア・上高地徳本峠からの眺め」

【概略】
穂高連峰の展望台徳本峠。峠から眺める明神岳、穂高方面。西穂か
ら左への稜線が、女性が髪をなびかせて仰向けに寝ているように見
える。一方、常念小屋から見ると槍から南岳方面には男性の姿があ
る。二人は槍穂高連峰の名物カップルか?
・長野県松本市

▼298号 「北ア・上高地徳本峠からの眺め」

北アルプス上高地の南、穂高連峰の絶好の展望台になっている徳本
峠。

あのウエストンも「峠からの眺めは日本で最も雄大なもののひとつ
だ」といっているほど、ここから眺める穂高連峰の眺望は絶景です。
小屋でもテントにでもこの峠に泊まる人は、夕日に染まる山々を見
て佇みます。

徳本峠と書いて「とくごうとうげ」。江戸時代上高地にあった常設
杣小屋付近を地元の人は「徳吾」と呼んでいたという。

明治時代、お上が地図をつくりました。しかし地元の意向を聞かず
につくったため、上高地に昔からあった「徳吾」の地名がなく、か
わりに峠の方に「徳本峠」と記入されています。

土地の人は不審に思い、峠の名を文字どおり読まずに、昔から親し
んできた「とくごう」の地名で呼び合いました。仕方なくお上は徳
本峠の字に「とくごう」とルビをふったというエピソードがあるそ
うです。

ある年この峠にテントを張りました。峠から明神岳、穂高方面を眺
めます。おや、西穂から左へ稜線が髪をなびかせた女性が仰向けに
寝ているように見えます。見ようによっては確かに見えます。

一方、常念小屋から見ると、槍ヶ岳から南岳にかけては男性の姿が
あります。二人槍穂高連峰の名物はカップルなのでしょうか?

この峠にある小屋は、いまだにランプの宿で、1923年(大正12)に
建てられたそのままの姿。形はオンボロで口うるさいオヤジだが、
かえってその風情に人気があってわざわざ泊まりに来る人が多い。

食事の前に泊まり客を集めて、やれご飯を残すな、ああするな、こ
うするなと説教をひとしきり。テント場まで聞こえる大きな声。オ
ドオドしながら食事につく登山者がおかしかった。

▼【データ】
【地名】・江戸時代上高地の常設杣小屋付近を村人は「徳吾」と呼
んでいた。明治になり、お上が地図をつくった時、徳本峠と記入。
土地の人は不審に思いながら昔から親しんできた「とくごう」の地
名で呼びあった。仕方なくお上は徳本峠に「とくごう」とルビをふ
って読ませた。

【所在地】
・長野県松本市安曇(旧南安曇郡安曇村)。松本電鉄新島々駅の北
東12キロ。松本電鉄新島々駅からバス上高地、歩いて3時間30分で
徳本峠。峠上に徳本峠小屋がある。(標高2135m)。地形図に峠名(本
に「ごう」のルビ)、小屋名の記載あり。標高数字なし。付近に何
も記載なし

【位置】
・【徳本峠】緯度経度:北緯36度13分41.07秒、東経137度40分41.93
秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「上高地(高山)」

【探訪】裏銀座烏帽子岳から表銀座・常念岳・徳本峠・島々谷縦走
・第9日目:1995年(平成7)8月26日(土・快晴)探訪:1995年
(平成7)8月17日(木)〜8月28日(月)「新宿駅・松本駅・大糸線
信濃大町駅・七倉・烏帽子岳・野口五郎岳・水晶岳・雲ノ平・高天
原(高天ヶ原)・黒部源流・三俣蓮華岳・双六岳・槍ヶ岳・大天井
岳・常念岳・蝶ヶ岳・大滝山・徳本峠・霞沢岳往復・島々谷・島々
集落・新島々駅・松本駅・新宿駅」:単独行

【参考】
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・「上高地物語」横山篤美(信州の旅社)1981年(昭和56)
・「信州峠百科」井出孫六ほか監修(郷土出版社)1995年(平成7)

【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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