とよだ 時 「山の伝説伝承」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼262号 「大峰山五番関の女人結界門」

【概略】
この時代にまだ女人禁制の大峰山。ある秋、吉野に近い結界門「五
番関」にテントを張る。やたらにマムシがいる。突然行者が急坂を
飛び降りてきた。無言で結界門の役行者の祠に向かう。こんな修行
道場も時代には勝てず、禁制を解くかで大論争が起きている。
・奈良県天川村と川上村の境

▼262号 「大峰山五番関の女人結界門」

【本文】
ハイキングの時、よく女人禁制当時の結界石をみます。霊山霊場に
一定の地域以外に女性の立ち入りを禁止した女人禁制は、日本では
比叡山に最澄が定めたのが最初という。

しかし、明治時代になり太政官布告により禁止されてからは、次第
に緩和され、いまはほとんどが解放されています。しかし、いまの
時代にいまだに女人禁制を続けている山があります。

そのひとつが奈良県の大峰山。昔よりかなりせばまったとはいえ、
山上ケ岳周辺は女人禁制で、その登山口洞川温泉をはじめ各コース
上に「女人結界門」があり、「この門より向こうへ登ることを禁止
する」と看板があります。

第2次世界大戦後、進駐軍のアメリカ女性が山上ヶ岳に登ろうとし
た時、「国際問題になるから止めないように…」との警察からのお
達しにも耳をかさず、300人の男性を召集、阻止したという。

「この山は男性だけで修行するところで、アメリカの尼僧院を逆に
したようなもの。尼僧院に男性が入れは混乱がおこるのは当たりま
えでしょう」と相手を納得させたという。

ある年の秋、吉野に一番近い女人結界門のある「五番関」にテント
を張りました。雨が多い山塊のせいか、やたらとマムシがいます。
枯れ葉が動くのでよく見るとマムシなのです。

ここは水場も近く、またオオバコが生えていてテントの底のクッシ
ョンになり居心地がいい。

突然修験者が急坂から飛び降りてきました。そして結界門そばにあ
る役ノ行者をまつった祠に向かい、錫杖を振りながら呪文をあげは
じめました。

やがて呪文が終わると次の靡(なびき)へ向かって走り去っていき
ました。針葉樹が茂る山中に錫杖の音で行者の動きを教えてくれて
います。

靡とは、行者が修行する場所で大峰山には75ヶ所もあります。こん
な修行の道場も時代には勝てず、禁制を解くかどうかで大論争が起
きています。

▼【データ】
【所在地】
・奈良県吉野郡天川村と同郡川上村との境。近鉄吉野線吉野駅から
6時間40分で五番関。写真測量による標高点(1211m)と女人結界
門がある。地形図に地名と標高点の標高と、地下を通る五番関トン
ネルの文字の記載あり。

【位置】
・【標高点】緯度経度:北緯34度16分44.59秒、東経135度55分
30.47秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「洞川(和歌山) 」

【山行】和歌山県南部川村大峰山縦走
・第7日目:1993年(平成5)9月15日(水・晴れ):1993年(平成5)
9月9日(木)〜17日(金)「東京駅・新大阪駅・紀伊田辺駅・闘鶏神
社・南部駅・熊野本宮・前鬼の里・弥山・行者還岳・山上ヶ岳・五
番関・青根ヶ峰・吉野・京都駅・東京駅」:単独行

【参考】
・「修験の山々」柞(たら)木田龍善(法蔵館)1980年(昭和55)
・「聖地への旅・大峰山」岡倉捷郎(佼成出版)1987年(昭和62)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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